一周年フリー配布SS(ネメア×女主)/至音さまより 

夜想曲

 ユーリアスは迷っていた。

 薄暗い回廊。皆が寝静まるには早すぎるとはいえ、夜もふけた刻限に廊下――しかも、皇帝の寝室に続くプライベート回廊を歩くものなどなく、ユーリアスの小さな影が奇妙に歪んで伸びていた。

(ど、どうしよう。まだネメア様は寝てないと思うんだけど…)

 先ほどから、ネメアの寝室をノックしようとして、寸前で手を止めてしまう。

(この頃、ネメアさまの様子がおかしいって、ベルゼーヴァさまもいってたし、今朝も何だか食欲がなさそうだったもの。もし病気なら早く治さないと。…でも、具合が悪くて、もう寝ていたら、ご迷惑になるし…)

 すでに10分以上、扉の前で手を上げたり、下げたりを繰り返し、グルグルと廻る思考は善い回答にたどり着かない。

 これ以上悩んでいたら、それこそ夜が更けてしまい薄着のユーリアスの方が風邪をひきかねないが、優しい少女は自分の身よりもネメアの身を案じて、どうしよう…と振り下ろせずにいる拳を見やる。

(…一回だけ、ノックして返事がなかったら、今日は帰ろう)

 やっとのことで決意を固めると、小さく小さく、ユーリアスはノックをした。

「…………」

 やっぱり、寝てしまったんだ、と少女が諦めようとした瞬間、微かな軋みと共に扉が開けられ、隙間からネメアの目が覗く。

「夜遅くにごめんなさい、ネメア様」

 拳ほどの間しか扉を開けてくれないネメアに謝罪をして、ユーリアスが大きく息を呑んだ。

 ネメアの瞳が。

 いつもは雄雄しくも穏やかで、自分を優しく見守っている瞳が驚くほど厳しい光を浮かべて、ユーリアスを見下ろしていた。

「ご、ごめんなさい、ネメア様…!」

 睡眠を妨げられ、ネメアが怒っている、と感じた少女は慌てて頭を下げ、その場から立ち去ろうとする。が、その華奢な手首を室内から伸びてきた手が素早くつかんだ。

「ネメア様…」

「こんな時間に男の部屋を訪れる意味をわかっているのか?」

 驚き、声をなくす少女に、呻くような声でネメアは問う。

「何をされても仕方がないのだぞ」

 扉が大きく開けられるのが先か、ぐいっ、と引っ張られ、部屋に連れ込まれたのが先か。気づくとユーリアスはネメアの頑強な腕の中に居た。

「ごめんなさい、ネメア様」

 蚊の鳴くような声で、ユーリアスは三度の謝罪を口にする。

 くすん、と微かに鼻をすする音がした。

「疲れているのに無理やり起こしてしまって」

「別に、寝てはいない」

 その言葉通り、ネメアはいつもの鎧をぬいで楽な格好をしていたが、夜着をきている様子もなければ、机には読みかけの本すら置いてあった。

 寝たのを起こされたのでなければ、ネメア様は何に怒っているんだろう…?

 もしかして、ノックの仕方が悪かった!?とかなりズレた思考の果て、青ざめたユーリアスを見て、ネメアが怒りの矛先を微かに緩める。

「こんなに冷えて、風邪をひいたらどうする?」

 ユーリアスの白い小さな手を取り、そっと包み込む。ネメアほどのものが扉の前にたって不審な動作を繰り返す少女の気配に気づかないはずもなく、夜更けに男の寝室を訪れる少女の思考をはかりかね、様子を見ていたのだ。

「…私、ネメア様が心配で…」

 だから、驚くべき台詞がユーリアスの口から漏れると、一瞬、ネメアは動きを止めた。

「私が心配?」

「だ、だって、ベルゼーヴァ様がこの頃様子がおかしいっておっしゃっていたし、今朝もあまり食欲が進まないようで、ずっと私が食べるのを見つめていました。ネメア様、具合悪いなら、私にくらい言ってください!…私は、ネメアさまの奥さんじゃないんですか?」

 上目遣いで見上げるユーリアスの瞳から、一粒涙が零れ落ちた。

 

 …不安なのは、ユーリアスも一緒だったのだ。

 静かな理解がネメアの中で追いついてくる。

 新婚にもかかわらず、別々の寝室で休み、夫婦の会話といっても朝夕の食事時だけ。己は政務に忙しかったし、ユーリアスも慣れない立場に気苦労も感じていただろう。

 ――いや、違う。

 時間ならいくらでもあった。ただそれを行動に移さなかったのは――…。

 

「ユーリ」

 と、ネメアは新妻の名を呼んだ。

「私は具合が悪かったのではない」

「えっ?」

「食事も進まなかったのは、お前を見ていたからだ」

 どういうことですか?と尋ねようとしたユーリアスの口を、ネメアは乱暴にふさいだ。

 長い長い口付けが過ぎ、ぐったりとした新妻を抱きかかえ、ネメアは寝台へと歩いていく。どさり、とユーリアスは寝台の上に投げ出され、間髪いれず、ネメアの身体が覆いかぶさってきた。

「…お前が私の本性を知って離れていくのが恐かった。だが、それ以上に、私はお前を壊してしまうことを望んでいた――!」

 ネメアの瞳に微かな苦渋が滲む。それをびっくりした眼差しで見つめていたユーリアスは、だが、すぐに微笑んだ。

「大丈夫です」

 両手でネメアの頬を包み込み、思いをこめてユーリアスは囁く。

「どんなことがあっても、嫌いになんてなりません。それに、私は結構頑丈にできているんです。簡単には壊れません」

「わかった。…もう、我慢せん」

 微妙に食い違っていることに気づきながら、ネメアは承諾は得たとばかりに、少女を押し倒す。

 

 もちろん、ユーリアスがネメアの意図するところをわかっていたわけはなく――翌朝、満足げに少女を抱きしめるネメアの腕の中で、恥ずかしさのあまりユーリアスは顔を隠してしまう。それがさらに獅子帝の獣性を揺さぶることになろうとは、この時のユーリアスは知る由もなかった…。

 

 

めでたし、めでたし?

 

サイト開設一周年記念として、フリー配布されていたのを頂いてきました。
天使の魅力のユーリアスちゃんが本当に可愛いんですよ~。今回はネメア様が当たりくじパターンですが、本元のサイト様では、その他男性キャラが総出でお迎えしてくれます。
是非とも堪能してきてください。どのキャラも活き活きしている素敵なお話が待っています。