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ベル閣下と帽子と私・2
『ベル閣下が帽子を欲しがっています』
青竜将軍カルラのついたそんな他愛のない嘘が、バイアシオンを席巻していた。
そしてそんな嘘に巻き込まれた不運な男と、生まれたばかりの天使のような記憶喪失の娘が一人。
大いなる魂の物語と、人類の革新はここから始まる……。かもしれない。
高級調度品が置かれた室内は、この邸――リューガ邸の住人のセンスの良さを感じさせた。応接間の上座に通されたティアナは、天鵞絨のソファから心持ち身を起こし、背筋を伸ばすと、セバスチャンから給仕された紅茶に口を付けた。
カップを置くと、ティアナは、軽く頭を下げた。
「すみません、こんな相談に乗って頂いて」
「どうぞ頭をお上げくださいティアナ様。このセバスチャンで良ければ力になります。
わたくしはリューガ家の奉公人ではありますが、ロストールの国民でもあります。ロストールとディンガルの親善に関わる問題の相談のお相手をすることは、きっとレムオン様もエスト様も反対なさらないでしょう。
相談事と言うのはもしや最近噂になっている、隣国の宰相への……?」
「さすが察しが良いのですね。
かのベルゼーヴァ様に贈る帽子について悩んでおります。ロストールの社交界での流行ならば、ティアナにもおおよその事柄の判断はつくのですが、隣国、異文化の、軍事官僚の方へ差し上げる帽子となると、どういった品がふさわしいのか見当もつかなくて。
失礼ながら、そうした隣国や世俗に幅広い見識を持ち、贈答における良識と美的なセンスをお持ちの方――ゼネテス様は問題外ですし、タルテュバ様のセンスは正直いただけません。エスト様は少々変わった御方、レムオン様ですと恐らく常識的なありきたりの品をお選びになるでしょうから――失礼かとは思いましたが、こちらに相談に参りました」
セバスチャンは、はにかんだように一礼したが、ティアナの言葉を否定しなかった。
さすがにエリス王妃の娘だけあり、ティアナは人の性質を正しく測る目を持っている。穏やかに頭の片隅で考えたが、もちろん有能な執事はそれをおくびにも出さない。
考えつつ、セバスチャンは口を開いた。
「そもそもベルゼーヴァ様は、独特の髪型をしてらっしゃいます。噂では魔力を用いて、わざわざ立てているとのことです。相当のこだわりがあるのではないかと、わたくしは思います。
おそらく帽子が欲しいというのは、その自慢の髪型を隠すのではなくて、それを引き立て、さらに目立たせたいという意図があってのことと思われます」
セバスチャンの言葉を吟味し、ティアナは呟いた。
「なるほど……!」
「帽子というのは頭部を覆い隠すだけのものとは限りません。『頭部を飾るためのもの』とお考えになればよろしいのではないでしょうか。また、こだわりの強い方であれば、他人の感性で固定されている品よりは、自分で飾り付けを楽しめるような――そんな遊び心を刺激するような自由度の高い作りの品の方が、喜んで頂けるのではないかと思います」
「遊び心を刺激する、自由度の高い品……」
ティアナは考え込み、それからすっくと立ち上がった。
「わかりましたわ。どれ、と決められた物を選ぶのではなく、どう楽しんで頂けるか、で物を選べば良いのですね!
ティアナ自身の好みではなく、ベルゼーヴァ様だからこそ似合いそうな品。それをどう選ぶかがティアナの手腕とセンスの見せ所ですね。がんばってみます」
「健闘をお祈りしております」
セバスチャンは、深々と頭を下げた。
☆
「――というわけで、ロストールのティアナ様からこれを預かってきました。すごいです、『かぶり物他装飾品一式』だそうです!」
「……かぶり物他装飾品一式……?」
その響きからして嫌な予感しかせず、ベルゼーヴァは顔をしかめた。
アンジェラが箱を開け、一番上に乗っていた紙を手に取る。
「あ。手紙と説明書が入っています!
『色々考えましたが、ベルゼーヴァ様を中心とし、ディンガル国の皆様が楽しめる品が良いのではないかと思いました。聞きましたところ、異世界には冬至の頃、皆で仮装をして楽しむ風習があるとのことです。異次元漂流者の回顧録に記載された絵を見ましたら、これぞベルゼーヴァ様にふさわしい!と思いましたので、僭越ながらご用意させて頂きました』
説明書、絵入りでわかりやすいですよ! 『クリスマス仮装セット』ですって。
ところでベルゼーヴァ様、クリスマスって、何ですか?」
「余所の国どころか、余所の次元の風習など、私が知るわけがないだろう」
首をかしげてアンジェラがベルゼーヴァを見上げたが、ベルゼーヴァは素っ気なく告げた。これ以上相手をしていると時間をとられるばかりか、本来自分が求めるべき崇高な在り方から、限りなく離れていってしまう気がする。
「絵を見たら、きっと分かりますよ。
『トナカイの耳?』――馬に似た生き物みたいですね、プレゼントを運ぶ家畜。
『サンタの帽子』――プレゼントを運ぶ人の証? でもこんな小さな三角帽子じゃ、ベルゼーヴァ様の髪、収まりませんよね……」
「君はそんなことは気にしなくていいし、何より私はそんなものをかぶるつもりなど毛頭無い」
「あ!! きっとこれです、間違いありません!!
『クリスマスツリー』――クリスマスのシンボルですって!
本当にそっくりですね。ティアナ様もそのつもりみたいで、飾りがいっぱいありますよ。頭のてっぺんに乗せる星の飾り、きっとこの白いレースは雪の代わりなんですね。赤と緑のリボンと、飾り石のついた鎖、これで頭部を飾」
「待ちたまえ。そもそも話は帽子だったはずだが、それはもう帽子ではない上に、被り物ですらない」
「でも、とっても綺麗ですよ。ベルゼーヴァ様、いつも私におっしゃってたじゃないですか。『君には自覚が足りない、人類の革新の星となるよう努力したまえ』って。お手本見せてください」
アンジェラはほほえみ、一際大きく輝く星の飾りを手に取ると、そっと宰相に差し出した。