続き(1)
ベル閣下と帽子と私・1
『ベル閣下が帽子を欲しがっています』
青竜将軍カルラのついたそんな他愛のない嘘が、バイアシオンを席巻していた。
そしてそんな嘘に巻き込まれた不運な男と、生まれたばかりの天使のような記憶喪失の娘が一人。
大いなる魂の物語と、人類の革新はここから始まる。……かもしれない。
ここ、フェルムがつとめるロストール酒場でも、その噂で持ちきりだった。
給仕の合間に、フェルムが、カウンター席に腰掛けて足をふらふらさせているルルアンタに話しかける。
「どんな帽子なんでしょうね。あの帝国宰相が被れる帽子って……」
「ルル知ってるよぉ! あのトンガった頭の人だよね! きっと、とっても長くて大きい帽子なんだよ。ほら、台所に立っているおじさんがかぶってるような……」
「もしかして、こいつのことかい?」
話を小耳に挟んだ奥の厨房から、料理人が顔を出し、ひょい、とかぶっていた帽子を差し出した。
白く長いコック帽。確かにこれならあの宰相の頭も飲み込めるだろう。
「これくらい長くないと、きっとあのトガった頭は入らないよね」
そのとき、天から声が響いた。
正確には二人が腰に忍ばせている、通信機の受信機だ。
いつもはオルファウスの声なのだが、今日は珍しくリーダー・アンジェラその人の声がする。
『ベルゼーヴァ様に贈る帽子を探しているの、できるだけ急ぎで。
あの髪型ですから、当然普通の帽子では入りません。何か良い帽子に心当たりのある方、その情報を知っている方がいたら教えてください!』
三人の目が、手元の帽子に注がれた。
* * *
「――というわけで、ロストールから、このコック帽が届きました」
アンジェラが厳かに白いコック帽を携えてほほえむ。
一応無駄だろうと思いながらも、ベルゼーヴァはできるだけ冷たい声音――相手がひるむような蔑みの声を混じらせるようつとめながら、アンジェラに告げた。
「そもそも私は帽子を必要としていないし、何故料理人用の帽子なんてかぶらなければならない? 理由を説明したまえ」
「ベルゼーヴァ様、二刀流ですし、きっと包丁やナイフを持っても似合うと思うんです。器用で几帳面ですから、きっとお料理の材料も正確に計るでしょうし、料理の世界にもまた未知の領域――人類の革新へと至る道が隠されていると思うんです」
「アンジェラ、君は普段は人の話を聞かないくせに、どうして時々妙に説得力をもった話し方をするのだ……」
「それに何より私、ベルゼーヴァ様の作った料理、食べてみたいです。
この帽子だって、絶対に似合いますよきっと。かぶってみてください」
アンジェラは、そっと手に取った帽子を机の前に座っているベルゼーヴァの頭に乗せようとする。
慌ててベルゼーヴァはその手を振り払おうとした。
「やめないか!!」
「ほら、似合いますよ。あ。トンガリが見えなくなると、ベルゼーヴァ様、普通の人に見えますね。
たぶん厨房に立っていても分かりません……! 目指せ、料理の革新!」
ぐっとアンジェラは握り拳を固めた。
そう。彼女はいつだって、宰相の道を応援しているのだ。その応援は若干間違った方向だが。
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