月の卵
「好きな食べ物ある?」
そう聞かれたとき、特にない、と答えた。
姉と二人の暮らしは食べ物の選り好みをしていられるほど、余裕のある生活ではなかった。ただ一つ、あげるとすれば。
思い浮かんだものはあったが言わなかった。
特別なものではない、生活の中ではごく普通のありふれたものにすぎなかったからだ。
だから、誕生日のお祝いに、と卵を二つ渡された時には驚いた。
どうやら茹でた卵に色づけしたもののようで、一つは明るい空地に金の太陽と白い月、もう一つは濃紺地に同様の模様が描かれていた。
「ちゃんと食べられるよ」
「何故卵なんだ?」
「好きでしょ」
「…………。何故、俺の好物を知っている?」
ロイの妹は笑って言った。
「見ていたらなんとなく。丁寧に食べている気がしたから」
知ってる? 卵って、月の食べ物なんだって。
囁くように告げられた。卵の形と色、時の満ち欠けを表すところが卵と通じるんだろうねと補足のように付け足して、彼女は部屋を出て行った。
卵は、好物というより、身近にある慣れ親しんだ食べ物。だから特に好きかどうかと、考えたことさえなかった。
調理が比較的簡単で、栄養もある。味も大体変わらない。そんな実用的で簡素で堅実なところも、自分の性にあっていたのだろう。
――月の食べ物。
中に丸い黄身を抱く様は、むしろ太陽の食べ物だろう。
兄も不思議な奴だったが、妹も同様だった。何を考えているかよく分からない。そんなことを思いながら、濃紺の色の方の殻を剥き、一口かじる。
素朴で簡素で温かい。昔を思わせる、懐かしい味がする。
2018-05-19
食べ物という流れでtwitterにあげたものでした。セラの好物が浮かばず非常に困りました。卵、というのは占星術で月の食べ物とされるらしいです。
ツイッターにあげた時は、画像化する関係で台詞括弧なしでしたが、サイト用に少し手直し+加筆してあります。
ツイッターにあげた時は、画像化する関係で台詞括弧なしでしたが、サイト用に少し手直し+加筆してあります。
- ささやかな春
- 月の卵