Boyhood 

 ギルドマスターとして多くの冒険者に会ってきた。
 ここで登録をして、冒険者となった者も多い。あいつもその一人だったが、今でも初対面の印象を覚えているのは、他の奴とは少しばかり雰囲気が違っていたからだろう。
 影が滑りこんでくるように、一人きりでドアを開けてやってきた。
 物珍しげな顔をするでもなく、かといって完全に場慣れしているようでもなく、率直な足取りで、カウンターに向かってくる姿を見て、15、6歳のようだと見当をつけた。その年頃にしちゃ、ずいぶん細っこくて、背もそれほど高くはなかったが。

「何の用だい、坊主」
「冒険者登録をしにきた」

 これで三軒目だ、とうんざりした顔で付け加えた。前の二軒では登録を断られたと、まるでこちらが悪いような言い方だった。
 癖のない黒髪に黒づくめの服装。瞳も光を吸い込むような黒だった。対照的に、顔は日焼けを知らないように白かった。
 綺麗な坊主だな……と思ったのは、一瞬だけだ。
 そんな評価はすぐに引っ込めた。唇をかたく結んだままの不機嫌そうな顔つきと、人には絶対になつかない黒猫みたいに尖った気配が、顔立ちよりも雄弁に性格を語っていた。

「お前さん、一人きりか?」
「そうだ」
「仲間は?」
「いない」

 ……なるほど。嫌がられるだろうな。
 誰か保証人がいれば、あるいは仲間を組んでいるような気配が見えれば別だが、大抵のギルドマスターは、子供一人だけでの登録を嫌う。登録に明確な年齢制 限があるわけではないが、結局子供が相手では、能力的な面でも精神的な面でも、仕事を任せるのに不安があるし、そいつが問題を起こした場合、登録認可をし たギルドマスターが、責任を問われることもあるからだ。

 実際、問題になっている若手冒険者もいる。
 会ったことはないが、名前は確か……ガルなんとか。ギターを背負い、いかれた台詞で相手の度肝を抜いて、錆びたスピアを振り回し、何種類かの意味不明のかけ声をあげて、最後は意図のよくわからないポーズを決めるんだそうだ。
 そんな面白そうな奴なら一度見たいもんだと笑ったら、お前はまだあいつの迷惑を被ってないから、そんな気楽なことが言えるんだと、同業者に睨まれた。
 どうも本気で苦労しているらしく、ブラックリストに載せたらしい。

「腕には自信がある」

 こっちが尋ねる前に、そいつは素っ気なく言った。
 自信家だな、と呆れたが、思い直して目の前に立っている少年を軽く眺める。
 推し量られていることを感じ取って、少年が不快げな表情を浮かべた。
 勘は悪くないようだ。細身だが必要な筋肉はしっかりついている。緊張のせいだけではない、常に周囲に対して張られている鋭敏さ。
 腰に目を向ける。飾り気のない剣が一本ぶらさげられていた。
 先の戦争で大量生産された安物だが、使い込まれているようだ。武器を扱い慣れているかどうかは、持ち主にどれだけとけ込んでいるかで分かる。もうこれは雰囲気だ。
 ざっとギルドマスターとしての目で検分して、冒険者登録申請用の用紙を取り出した。

「お前さんの腕がどれほどのものかは分からんが、言葉だけでもなさそうだな」

 少年はむっとしたが、黙ったままカウンターに乗せられた紙に注意深く目を向けていた。断られることにも疲れてきたらしい。
 なんだか可笑しくなった。愛想は感じられなかったが、根は正直なのかもしれない。
 まあ無愛想な奴は、嘘つきと正直者、どちらに入るかと聞かれたら正直の方に入る。嘘をつくのは、もっぱら笑顔の方だ。

「年はいくつだ?」
「戦争のせいで正確なところは分からない」
 ため息がもれた。本当のことを言ったら、断られると分かっているんだろう。
 確かに言葉だけじゃなく、頭も切れるようだ。この手のやりとりには慣れているのかもしれない。年の頃は15、6と見当をつけたが、実際はもうちょい下だな。
「家族は?」
「そんなこと言う必要があるのか」
「戦災孤児か」

 正直なガキだ……隠しもせずに、舌打ちしやがった。
 わずかの間、互いをうかがう。
 子供が一人で冒険者登録に来るときは、大抵理由が決まっている。たしかに珍しいが、ゼロでもない。冒険者なんて荒くれどもの相手をしているギルドの親父をなめるな、と胸を張っていると、少年が渋々口を開いた。

「孤児じゃない。姉が一人いる」
 ぼそりと続けた。でも魔道アカデミーに寄宿しているから、今は別々に暮らしている。
 魔道アカデミーと言えば優秀な魔道士を輩出する名門だ。歴史に名を残している卒業生も多い。目の前の少年からは想像つかなかったが、無駄な嘘を並べるタイプには見えないから、おそらく本当のことなんだろう。
「もしかして、そのお姉さんのために金が必要なのか?」
「違う」
 少年が不愉快そうに眉をつり上げた。よっぽど気に障ることを言ってしまったらしい。そのままきびすを返して、出て行くんじゃないかとまで思った。
「姉は姉でやっている。俺は自分のために、仕事が必要なだけだ」

 それが不満であるかのような口ぶりだったが、それ以上は問わなかった。
 性格には少し問題がありそうだが、こいつは多分、大丈夫だろう。
 幻術計の針が静まったままなのを確認して、用紙を埋めようとして、手を止めた。出会い頭の態度と顔つきがあまりにも生意気だったから、聞くのを忘れていた。

「そういや、名前は?」
「セラ」

 今度は素直に答えたのは、状況か友好かどっちが勝ったためだったろう。

 



 



 以来、セラにはちょくちょく仕事を回すようになった。
 別に恩など感じているわけではなさそうだが、セラの方も割とまめに顔を出す。他のギルドで仕事を受けるより、ここが一番面倒がなくていいと思ったらしい。
 セラの仕事には偏りがあった。
 何でもこなせる器用な奴ではないと分かっていたから、こっちも、それをふまえて仕事を回すようにしていた。

「この依頼は、お前には荷が重いな。こっちの配達にしておけ」

 そのときも、いつもと同じように仕事を選んで回したつもりだったが、セラには不満のようだった。先に提示した仕事の依頼書を指して、挑戦的な声で言った。

「今の俺なら不可能でもない。いつまでも子供扱いされていても困る」

 顔を上げて、向かいに立っているセラを見る。
 ここ数年で、奴の身長はするすると伸びやがった。あのときドアを開けた時には、かろうじて残っていた幼さと可愛げのかけらのようなものは、きれいさっぱり消えていた。
 ついでに言えば、身長と一緒に偉そうな物言いも増したようだ……いや違う。これは変わらない。
 増したのではなく足りないのだ。
 身長と一緒に身に付くはずだった、大人の態度や愛想や世間体というものが。
 取っつきにくい無駄に整った顔を見ていたら、呆れてため息が出た。

「その割には、お前の性格は変わらんな。もうちょい他人に対して気遣いできれば、護衛の仕事を回せるんだがな」
「俺は言われた通り、ちゃんと送り届けてやった」

 何のことを指しているのか素早く思い当たったセラは、憮然として答えた。
 確かに依頼人は無事に目的地にたどり着けた。だがギルドには苦情がきた。
 身は安全でしたが、精神的には毎日とても怖くて辛かったです、と。
 泣きながら訴えたのは、生き別れとなっていた危篤の母に会いに行くために、盗賊と魔物の徘徊する険しい山道を突っ切って、生まれて初めてドワーフ王国山越えを経験することになった、御歳15歳の少女だった。
 ……まあ何だ。組み合わせ的にマズイかなとは思ったが、低予算、短期間、即出発という難条件の仕事で、他に適当な人材がいなかったのだ。
 以来、互いに学んで、それとなく護衛仕事は外すようになった。
 昔のことを思いだしながら、ふと思いつき、それとなく誘導してみた。

「そういやお前、いくつになった。今月誕生日じゃなかったか?」
「16……いや、17だ」
 見事に引っかかった。冷静な態度を気取っているくせに、不意打ちには案外弱い。
「やっぱり登録時は、歳をごまかしてやがったな」
 乗せられたことに気づいたセラは、内心悔しがっているかもしれないが、表向きは開き直った。
「昔のことは済んだことだろう。なぜ俺の誕生日を知っている」
「つきあいが長いとな、なんとなく分かるんだ」
「嘘を言うな」

 今度は引っかからなかった。
 カウンターの奥から包みを取り出す。いつもなら薄っぺらい封筒一枚だけの手紙が、今回は品物が同封されているようで厚みがあった。便箋も心持ち上等な紙が使われ、特別な贈り物としての形を整えていた。
 こういう場合、大抵は誕生日の贈り物だと相場が決まっている。

「いつものやつが、今回はちょっと上等だったからな。当たったか」

 そういって差し出すと、礼も言わずに奪われた。
 不思議な気分になる。
 姉が居ると言っていたが、正直言って、こうも頻繁に手紙のやりとりをするほど、姉弟仲がよいとは思っていなかった。
 手紙を受け取ると、わずかにセラの表情が緩むのを見たときは、珍しいものを見たというよりも――根本的な何かをひっくり返されたようで、ひどく意外だった。

「せっかくだから開けて見せろよ」
「こんなところでは広げん」

 そう言って荷袋にそそくさとしまう姿は子供じみていて、見ながら吹き出しそうになった。しかめっ面は照れ隠しなのか、本当にこっちを煩わしいと思っているのか、判別できなかったが。
 セラは、ついでにカウンターに乗ったままの依頼書もつまんで言った。

「これももらっていく」
「お前一人でやる気か?」
「フン、こんな雑魚退治、俺だけで十分だ」
「おいセラ」
 頑固なのは分かっているつもりだったが、それでも一応声をかける。
「何人か当てがある。誰か助っ人を探してやるから、連れて行け」
「いらん。余計な手助けなど、かえって邪魔になるだけだ」
 相変わらず聞く耳をもたない。自信過剰だと言えばそうだ。だが。

「お前、誰かとパーティを組む気はないのか?」

 セラがこちらを睨んだ。
 出会った頃から変わらない。
 愛想のないところも、他人を信用していないところも、いつも独りで行動するところも。

「パーティを組むと便利なこともあるぜ。人里離れた探索をするのに一人じゃ不自由だろう。地理や魔法に長けた仲間がいれば秘境の遺跡巡りにだって挑戦できる。もっと大きな仕事に取り組んで、名声を得ることだって……」
「馬鹿馬鹿しい」
 余計な世話だ、と唇の端に浮かんだ冷たい笑みが言っていた。
「俺は俺のために生きるだけだ。富も名誉も仲間も必要ない」

 その答えもまた、分かっているつもりだったが。
 最初は、無欲なのかと思った。現状に特に不満がないから、それ以上を望まないのかと。
 だが、この歳の坊主で、それはずいぶん早すぎる。もっと上を求めて、がっつくくらいが普通だ。
 欲がないのではなく、関心がないのだ。
 周囲に対してだけではなく……おそらくは、自分自身に対しても。
 だから、家族からの手紙を受け取ったときに浮かべた顔が、心底意外だった。何にも関心を払わない奴だと、どこかで思っていたのだ。
 けれど、例外はその一点だけ。あとは相変わらずだ。
 腕は悪くないのだ。その気があれば、そこそこ、通り名がつくくらいの冒険者にはなれるはずなのに、その気も特にない。揺らぎも迷いもせず、淡々と日を送っている。

『何のために冒険者になったんだ?』
『生きるためだ』

 ――じゃあ、お前にとって生きるって、何なんだ?
 重ねて問いたくなったが、そんなもの、答えられる奴のほうが珍しい。
 分からなくて当然で、その答えは、いつの間にか、知らず知らずのうちに身に付いているものだ。探す必要も心配もいらない。
 ただ……こいつの場合は、どうもそれが性格同様、少しいびつな形になるように思えた。
 間違っているわけではなく、道を迷っているわけでもないのに、行き先は見あたらないような。

『せっかく自由な冒険者なんだ。もうちょっと世界を広げてみたらどうだ』
 忠告など、うるさいの一言で片づけられるだろうが、まだ若いのだ。こうやって来年も同じように年をとっていくんじゃ勿体ない気がした。

 





 心配など必要なかったかもしれない。
 冒険者なんて、どこに吹いていくか分からない風のようなものだ。ぷっつりと年単位で音信が途絶えることなんてよくある。セラ宛の手紙を転送してくれとい う依頼が遠くの町から来たりしていたから、多分生きているのだろうと心配はしていなかったが、しばらく顔を見せないと思っていたら、やってきたときには信 じられないことに、仲間というか、相棒を連れていた。
 一見したところ、人の良さそうな、穏やかな雰囲気を纏った好青年だった。栗色の短い髪も、白い鎧も、人好きのする笑顔も、どうやって共通点を見つけたらいいのか分からない、全然タイプの違う人物だった。
 こっそりとセラに尋ねる。

「どういう風の吹き回しだ」
「……成り行きだ」
 渋々とセラが答えた。受けた忠告が身に染みるような出来事に遭遇したらしい。一人きりで居たために、危うく命を落としかけたところを、たまたま通りかかって救われたとか何とか。
「恩人ってわけか?」
「そういうことになる……のだろうな」

 答えた声はひどく不本意そうだった。何があったのか詳しく尋ねてみたかったが、セラにとっては一生の不覚なのか、語りたがらなかった。
 他の冒険者と雑談を交わしている青年に目を移す。
 セラの相棒と言うからには、きっと一筋縄ではいかない人物なのだろう。善人そのものといった姿を、そのまま信じてはいけない気もしたが、悪い人物ではなさそうだ。
 まあ何にせよ、良い傾向だ。一人きりで意味も目的もなくうろつき回っているよりは、誰かと共に居た方がいい。
 それから目の端に引っかかった金の光を追って、セラの腰に目をやる。
 自分の知る限り、セラは武器に過剰な改造も装飾も施さない主義だと思っていたが、金色と曲線で装飾を施された優美な剣が携えられていた。

「ずいぶん面白そうな物を下げてるな」

 興味を向けると、セラは剣を抜いてみせた。抜く仕草も長年使い続けている武器のように、セラにしっくり馴染んでいた。柄の飾りは、ほっそりと鋭く尖った三日月だった。持ち主と雰囲気が似ているのかもしれない。
 こんな仕事をやっているから、冒険者連中には慣れているし、人を見る目もそれなりにあると自負しているが、生憎武器にはそれほど目端が利かない。それでも、そんじょそこらの店先に飾られている物とは明らかに違うと分かった。
 聞けば、あの相棒と出かけた先の遺跡で見つけた、古代の武器だという。

「銘とかあるのか」
 尋ねると、珍しくセラがほんの微かに、彼を知る者が聞かなければわからない程度に、声に笑みを滲ませて答えた。
「月光というそうだ」

 そう答えて剣に目を落としたセラの横顔は、自分だけの宝物を見つけたような、どこか得意げな少年の影を宿していた。
 ようやく何かを得ることの喜びを見つけたばかりの少年のような。

2007-05-22