追想曲・序奏 

 つれてこなければ良かったと。
 今になって、本気で思った。

 日の光を反射して、白く刃が光る。
 何があっても武器の手入れだけは怠らないのが、冒険者の心得だ。自分の武器には、そのまま自分の命が預けられている。腕が良くても、獲物がなまくらではどうしようもない。
 鍛冶屋に手入れを頼んでいた月光を取りに行ってきた。この武器はもうこの形で、一つの完成をみている。これ以上の改造は無理だと言われたし、余計な手を加える気もなかった。だから、鍛冶屋は手入れのためにしか利用していない。
 滑らかな曲線を描いた刃が、わずかの歪みもなく、研ぎも鋭いことを確認して、セラは剣を鞘に収める。
 慣れて親しんだ、あたりまえの己の武器。自分の通り名ともなった、この世に二つとない武器。

 本当に良い武器は――使い手を選ぶ。
 確か、そんな言葉を言ったのは、デルガドだったか。
 月光って、セラみたい。
 無邪気に言ったのは、あの娘だった。
 日光は、お兄ちゃんみたいだったよ。

 ライジングサン。共振したあの武器の真の名は、それではない。
 だが、あの刃の色はどうだ? 暗くくすんだ影に蝕まれた重たい鉛色。まるであの仮面の騎士の纏う鎖の鎧のように。白銀の鎧を纏って、隣にいた親友の姿は、もうそこにはない。どこにも――ないのかもしれない。
 あの仮面の騎士が、もし主人を守ろうとして、自分の目の前に立ちはだかったなら。
 どうあっても、自分の邪魔をするというのなら。

 ――つれてこなければ良かった。
 俺は、ロイを斬ることになるのかもしれない。
 必死に兄の姿を追い求めていた、妹の目の前で。


 
『姉を殺してでも、俺は奴から姉を取り戻す』

 はじめて会ったとき、セラはアーギルシャイアを追っていると言った。アーギルシャイアは俺の大事なものを奪ったとも。
 勝手に、自分に似せた想像をした。
 この人もあの女に誰かを殺されたのかもしれないと。

 行方不明の姉が居ると言った。
 その姉を捜すための手助けを求めて、ロイを訪ねてきたのだとも。
 セラのお姉さんが、どんな人かは会ったことがないから分からなかった。ただ、セラにとってどれほど大切な人なのかは、そのお姉さんを語るときの、いつもとはまるで違う口調と態度を見ていれば……分かる。
 見知らぬ何かを想像するには、自分の中にある似たものを頼りにするしか方法がない。
 セラのお姉さんは、きっと自分にとっての兄のような存在なのだろうと思ったから、あたしが兄の無事を祈るときの気持ちと同じように、まだ見たことのないその人の無事を祈っていた。

 セラとあたしは立場が似ているのかもしれない。
 そう思って歩くことは、心地よかった。
 ……勝手に自分の中で育てた、都合の良い連帯感。

 ルシカは無意識に腰の剣に手を伸ばす。
 ミイスに居た頃から――兄が修行の旅に出る前から――愛用している、やや細身の片手剣。だが練鋼石を使い、鍛冶によって改良を重ねられた刃は、わずかず つではあるが、形も鋭さも厚みも変えていた。柄も緩んでくれば、そのたびに新しく締め直す必要がある。剣を収める鞘もすぐに傷んでしまうので、何度か取り 替えている。
 過去の面影は残っているが、全く同じというわけには、いかない。

 アーギルシャイアに村を燃やされ、故郷をなくした。
 それは同時に、ミイスに居た頃の自分も、失ったということだ。
 兄と一緒に故郷に帰ると決めた。過去を、思い出を取り戻すために、自分は旅をしている……のだろうか。もう、その自信はない。
 ミイスにいた頃、剣の稽古は兄につけてもらっていたが、旅に出てからは、身近にある手本を頼りに、自分なりのやり方で腕を磨いてきた。
 そして、ルシカの一番身近にいたのはセラだった。
 冒険者としての生き方は、彼を見て真似て、学んだものが大半だった。
 今の自分は、もうミイスの村の神官戦士ではなく、故郷をなくした冒険者だ。

 腰から剣を引き抜く。日の光を反射する刃は、鏡のような白さを放っている。
 その細い面に、自分の顔を映す。
 いつまでも子供のままではいられないように、明るい希望を抱いているふりは、もうできないのかもしれない。目をそらして考えないようにしてきた暗い結末を見据えなければ、いつか足が止まってしまう。
 もしもこの先も、セラについていきたいのだったら。
 覚悟を決めなければならないのかもしれない。
 あれだけ大切に思っている肉親を殺す覚悟がある人に――親友が、斬れないわけがない。

 月と太陽は一緒には昇らない。似ていながらも同じ場所では光らない。
 同じ旋律を奏でながら、重なっては響かない追走曲。
 あたしとあなたが求めて歩いてきた道は一緒なのに、あなたとあたしが、それぞれ欲しがる答えは重ならない。

2007-03-08

サイフォス登場時「やばい、親友同士で闘うわ」という予感を覚えましたが、「姉を殺しても~」の台詞を聞いた瞬間、「やばい!お兄ちゃんが斬られる!」と予測がさらに悪化しました。なので、私の中でアンティノ研究所で結末分岐は、けっこう象徴的なものになってます。

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