追想曲・序奏
つれてこなければ良かったと。
今になって、本気で思った。
日の光を反射して、白く刃が光る。
何があっても武器の手入れだけは怠らないのが、冒険者の心得だ。自分の武器には、そのまま自分の命が預けられている。腕が良くても、獲物がなまくらではどうしようもない。
鍛冶屋に手入れを頼んでいた月光を取りに行ってきた。この武器はもうこの形で、一つの完成をみている。これ以上の改造は無理だと言われたし、余計な手を加える気もなかった。だから、鍛冶屋は手入れのためにしか利用していない。
滑らかな曲線を描いた刃が、わずかの歪みもなく、研ぎも鋭いことを確認して、セラは剣を鞘に収める。
慣れて親しんだ、あたりまえの己の武器。自分の通り名ともなった、この世に二つとない武器。
本当に良い武器は――使い手を選ぶ。
確か、そんな言葉を言ったのは、デルガドだったか。
月光って、セラみたい。
無邪気に言ったのは、あの娘だった。
日光は、お兄ちゃんみたいだったよ。
ライジングサン。共振したあの武器の真の名は、それではない。
だが、あの刃の色はどうだ? 暗くくすんだ影に蝕まれた重たい鉛色。まるであの仮面の騎士の纏う鎖の鎧のように。白銀の鎧を纏って、隣にいた親友の姿は、もうそこにはない。どこにも――ないのかもしれない。
あの仮面の騎士が、もし主人を守ろうとして、自分の目の前に立ちはだかったなら。
どうあっても、自分の邪魔をするというのなら。
――つれてこなければ良かった。
俺は、ロイを斬ることになるのかもしれない。
必死に兄の姿を追い求めていた、妹の目の前で。
*
『姉を殺してでも、俺は奴から姉を取り戻す』
はじめて会ったとき、セラはアーギルシャイアを追っていると言った。アーギルシャイアは俺の大事なものを奪ったとも。
勝手に、自分に似せた想像をした。
この人もあの女に誰かを殺されたのかもしれないと。
行方不明の姉が居ると言った。
その姉を捜すための手助けを求めて、ロイを訪ねてきたのだとも。
セラのお姉さんが、どんな人かは会ったことがないから分からなかった。ただ、セラにとってどれほど大切な人なのかは、そのお姉さんを語るときの、いつもとはまるで違う口調と態度を見ていれば……分かる。
見知らぬ何かを想像するには、自分の中にある似たものを頼りにするしか方法がない。
セラのお姉さんは、きっと自分にとっての兄のような存在なのだろうと思ったから、あたしが兄の無事を祈るときの気持ちと同じように、まだ見たことのないその人の無事を祈っていた。
セラとあたしは立場が似ているのかもしれない。
そう思って歩くことは、心地よかった。
……勝手に自分の中で育てた、都合の良い連帯感。
ルシカは無意識に腰の剣に手を伸ばす。
ミイスに居た頃から――兄が修行の旅に出る前から――愛用している、やや細身の片手剣。だが練鋼石を使い、鍛冶によって改良を重ねられた刃は、わずかず つではあるが、形も鋭さも厚みも変えていた。柄も緩んでくれば、そのたびに新しく締め直す必要がある。剣を収める鞘もすぐに傷んでしまうので、何度か取り 替えている。
過去の面影は残っているが、全く同じというわけには、いかない。
アーギルシャイアに村を燃やされ、故郷をなくした。
それは同時に、ミイスに居た頃の自分も、失ったということだ。
兄と一緒に故郷に帰ると決めた。過去を、思い出を取り戻すために、自分は旅をしている……のだろうか。もう、その自信はない。
ミイスにいた頃、剣の稽古は兄につけてもらっていたが、旅に出てからは、身近にある手本を頼りに、自分なりのやり方で腕を磨いてきた。
そして、ルシカの一番身近にいたのはセラだった。
冒険者としての生き方は、彼を見て真似て、学んだものが大半だった。
今の自分は、もうミイスの村の神官戦士ではなく、故郷をなくした冒険者だ。
腰から剣を引き抜く。日の光を反射する刃は、鏡のような白さを放っている。
その細い面に、自分の顔を映す。
いつまでも子供のままではいられないように、明るい希望を抱いているふりは、もうできないのかもしれない。目をそらして考えないようにしてきた暗い結末を見据えなければ、いつか足が止まってしまう。
もしもこの先も、セラについていきたいのだったら。
覚悟を決めなければならないのかもしれない。
あれだけ大切に思っている肉親を殺す覚悟がある人に――親友が、斬れないわけがない。
月と太陽は一緒には昇らない。似ていながらも同じ場所では光らない。
同じ旋律を奏でながら、重なっては響かない追走曲。
あたしとあなたが求めて歩いてきた道は一緒なのに、あなたとあたしが、それぞれ欲しがる答えは重ならない。
2007-03-08
- 日蝕
- 追想曲・序奏