姉への手紙 

 セラは頬杖をついて考え込んでいた。
 宿屋の片隅に据えられた簡易机の上に広げているのは、一枚の白紙だ。

 視線を動かして、同室の男の様子をうかがう。
 さっきまでこの机で自分と同様、身内に宛てた手紙を書いていた相棒は、書きあがった厚い紙束をまとめているところだった。相変わらず、この男の手紙は長い。

 以前呆れて『何をそんなに長々と書いているんだ』と尋ねたことがある。
 するとロイは何のためらいもなく手紙をセラに広げて見せた。
 私的な内容だろうにとセラの方にためらいが出たくらいだが、覗いてみて納得した。ロイの手紙は、手紙より紀行文に近かった。他人に見せることを想定して書かれた文章だった。
 自身の近況のほか、日々の出来事や旅先の風景を、事細やかにつづってある。

『筆まめだな』
『私の村は、娯楽の少ない村だからな。森の奥に閉ざされていて、外の世界の話もあまり入ってこない。だから、妹は私の手紙を楽しみにしているようなんだ』

 ロイの手紙は、その妹に配慮してか、所々に手描きの絵まで添えられていた。なかなかの力作だった。特徴を掴んでいて、無駄に上手かった。
 細かな事にも手を抜かないところといい、小さな心遣いをするところといい、本当に自分と正反対の何でも器用にこなす男だ。 

 とはいえ、セラは、ロイがそれだけの人物でないことはよく知っている。栗色の髪をした人の良さそうな礼儀正しいこの男は、腕の立つ剣士であると同時に、人知れず魔人の手から闇の神器を守るという、重大な使命を背負った神官一族の長子なのだ。
 ……妹のことでも思っているのか、手紙と共に送る土産をのんびり選別しているロイの姿を見ていると、そんな浮世離れした話は遠い出来事に思えてくるが。
 ロイが妹に送っていた手紙、それから自身の手元の白紙――これを送る相手の姿を思い描いて、セラは口を開いた。

「ロイ、一つ尋ねる。姉に出す手紙に、お前のことを書いてもいいのか?」

 隠れ里ミイスのことは他言無用、と戒められたわけでもないが、それでも気にかかり、ロイの背中に問いかけると、ロイは手紙を見せたときと同じような気負いのなさで、簡潔に構わない、と答えて続けた。

「相手はお前の姉上なのだろう?」
 どういう意味だと尋ねる前に、ロイが笑った。
「お前の家族なら、きっと質は似ているのだろう。話を聞く限り、無闇に言いふらしたりする女性とは思わない」

 ロイを姉と引き合わせたことはない。
 ロイはシェスターがどういう人物であるか全く知らないはずだ。
 だからこれは――セラをそれだけ信頼している、ということだ。

 ……よく恥ずかしげもなく、そういうことを口にできる。

 一瞬そう思ったが、実はロイが誰も彼もを簡単に信用するお人好しなどではなく、むしろその逆で、外面の良さに押し隠して、相手を見定める慎重さを持っている人物であることは、セラも気付いている。
 細やかに日常風景を絵でしたため、特徴を掴める観察力の持ち主なのだ。
 セラはその目にかなった、ということなのだろう。
 下手な憎まれ口など照れ隠しにしかならない。だからセラも、そうか、とだけ返す。ロイが世間話のように続けた。

「今は魔道アカデミーに通っておられるのだろう。いつか会ってみたいものだな」

 何気ない言葉に、うっ、と胸の奥を突かれる。
 会わせん、と反射的に言いそうになってしまったが、それも大人げないので、渋々と答える。

「…………そのうちな」
「何だか不本意そうだな」

 不覚にも声音に出てしまったようだ。
 ロイの視線を受け流すように、セラは紙に向かった。

『姉さん、元気にしているか。
 俺は今一人の男と旅をしている。この間記した、遺跡の探索を共にした男だ。俺より年上のようだが、エンシャント近くで出会ったときには村を出たばかりだそうで、冒険者登録をしていた。それからの付き合いだ。
 名はロイという。ミイスという森の奥にある辺境の村の出だそうだ――』


* * *


 魔道アカデミーの図書室で、シェスターは弟からの手紙に目を通していた。
 ようやくセラが、信頼できる相棒を見つけたようで、一安心する。

 自分のアカデミー進学同時に、冒険者稼業を始めたセラだったが、少し気難しいところのある弟は、他人と打ち解けた付き合いをすることがほとんどない。冒険者というのは、本来は何人かの連れ合いを持って依頼をこなすと聞いていたが、これまでの手紙を読む限り、セラは一人で危険な探索地に赴いたり、魔物退治の依頼を請け負ったりしていたようで、気にかかっていたのだ。
 もっともシェスター自身も人付き合いが得意な方ではなく、友人の多い学院生活を送っているとは言い難い状況なので、自分のことを棚に上げているようで、心配を記すことはできなかったのだが。

 ……良い人物のようね。
 素っ気ない文面だが、他人に心を許すことの少ないセラが、わざわざ自分に知らせるということだけでも信頼の深さが見える。
 ふふっとシェスターは微笑んだ。それから少し瞬きをする。
『ミイス』という地名が引っかかった。
 どこかで見た気がする。記憶を探るように目を細め、図書館の書架が目に入る。
 偶然見かけた、闇の神器とそれを管理する魔人について書かれた文章に載っていたことを唐突に思い出した。

 魔人アーギルシャイアが管理するとされる、闇の神器『忘却の仮面』を封印していた施文院の分派。
 確かそれが、ミイスの一族――。

2018-08-31

シェスターは忘却の仮面の存在は知っていたが、その所在は知らなかった。セラはミイスの場所は聞いたが、神器がどういうものであるかは知らなかった。けれどセラがシェスターにミイス出身の若者と旅をしていることを知らせた時、断片的な情報は一連の意味を為すものとなってしまった――いつか書きたいと思っていた話でした。

アーギルが読んだシェスターの記憶には、当然セラとの記憶も含まれていると思います。月光姉弟が、片方は魔人と、片方は守護者の方と縁を持っていたというのは、やっぱりどこかで作用しているような気がします。