仮面の騎士 

「セラは、サイフォスをどう思う?」
 ルシカの問いかけに、セラはルシカに横目を走らせた。
 何かを読み取ろうとするように、セラの視線がルシカの顔を滑った。
 目を外して、気難しい顔で、セラは早口に言った。
「あれがロイだということは確かだ。そして俺たちのことを覚えていなかったのも事実だろう。
 俺にとっては、それ以上でも、以下でもない」

 覚えていないから、サイフォスとして現れることになったということだろうか。
 姿形が兄でも、中身は違う。記憶のない、別人。
 ――記憶がない?
 何かが、引っかかった。
 そもそも、どうして兄は記憶をなくしたのだろうか。何かの怪我のショックか、精神に働きかける強力な魔法か。
 どうしてそんな人物が、仮面をつけ、サイフォスとして、闇の怪物退治に現れたりしたのだろう。
 ルシカが唇を結び、拳を当て、考える。考えるというより、何かが形となって降りてくるのを待つといった感覚だった。
 意識を研ぎすまして、自分の意識の底の方から、一枚のカードを、答えを引き当てるような感覚。
 記憶がないのに、仮面などつけようとするだろうか。

「あの仮面……」
「仮面がどうした?」
「あの仮面は、なんで、つけてたんだろう」
「そんなもの、素顔を隠すためだろう」
 セラが不機嫌な声で答えた。そう、普通に考えれば、仮面は自分の存在を隠すためにつける。だが。
「誰が、何の目的で?」
「決まっている。理由は分からないが、ロイが俺たちに気づかれないよう顔を隠……」

 セラが呆れて続けようとして、気づいたように言葉を止めた。
 それはありえないのだ。兄が、サイフォスと自らの意志で名乗り、自らの意志で顔を隠したとは思えない。
 あたしたちのことはおろか、自分自身の事さえ忘れているようだったのに。
 そういう人物は、相手に気づかれないようにする、という発想そのものがないのではないだろうか。

「逆か。誰かが俺たちに、ロイだと気づかせないためか」
「それも違う気がする」
「何故だ?」
 せっかく発見を否定されて、不愉快そうにセラが問い返した。
 ルシカは頭の中の考えをまとめるようにしながら、言葉を紡ぐ。
「本気で正体を隠すつもりなら、もっと気をつけなくてはならないところが他にあるよ。
 仮面をつけたくらいじゃ隠すことにはならない。……現に気づいたでしょう。あたしも、セラも」

 共に暮らしていた肉親ならば、共に旅をしていた親友ならば、いつかは気づく。あの声、背格好、歩き方、あの力量。何より決定的なあの剣。世界に唯一しかない手がかりを、わざわざ身につけて。
 だから、ルシカが抱いているのは別の危惧だった。

「あの仮面には、何か別の理由があるんだと思う」

 正体を隠すためではなくて――もしかしたら、別の人格を付与するためのものなのかもしれない。
 あの仮面は、あたしたちから兄ではなく、「兄を兄自身から遠ざけるためのもの」ではないだろうか。
 自分自身を確かめるには、鏡で自分の顔をのぞくのが一番早い。
 だからこそ仮面で顔を封じ、違う名をつけかえる。
 顔と名を失えば、当人は、自分自身を確かめる術を持たなくなるのだ。

「ただ、少なくとも、記憶を失った兄に、サイフォスとしての名と衣装と役目を与えた誰かがいたはず」

 言いながら、ルシカは思い出す。
『私はあの方の忠実なる仮面の僕。あの方は私をサイフォスと、お呼びくださいます』
 本人が言っていたのだ。平坦でどこか虚ろな、それでいて奇妙な熱を帯びた声で。
 まるで何かに憑かれている者のような、作り上げられた虚像を本気で正しいと信じている、信者のような声だった。
 ――あなたにサイフォスという名を授けたのは誰?
 ――あなたが『あのお方』と呼ぶ相手は誰?

2014-11-13

セラとルシカの仮面談義。『記憶』の一部だったのですが、妹は兄の事を考えなくても思い出せたのでカット。