秘密の計画 

『リューガ家美形三人兄妹』の肖像画を頼まれた画家は、傍目からでもはっきりと分かるほど、はりきっていた。
 あの冷血の貴公子が、絵画に残るものとあって、いつもの硬い表情を解いて目元口元を微かに和らげている。 もとから愛想の良いエストは文句のつけようもない極上の笑みを浮かべているし、その二人に挟まれた金髪の少女も、高価なドレスに身を包んで、どこかはにかんだような優雅な笑みを浮かべている。
 とにかく眩しい。筆をふるう甲斐もあろうと言うものだ。

 仲良く寄り添い、三つ並んだ金の髪。
 レムオンとエストの間に挟まれ、椅子に腰掛けている姉の姿を見つめながら、チャカはどこか切ない気持ちを味わっていた。
 端的に言ってしまえば、さみしい。姉が他人になってしまったようで。
 しかし、どうあっても自分が割って入ることのできない場所にいる。

 姉は、あんな田舎の村で一生を終えていいような人物じゃないよな、と漠然と思っていた。
 身内のひいき目による話じゃなくて、秘めているものや背負っているものが違うんだろうなと感じていた。
 その証拠に、何がどう巡り巡ってか、姉はあのロストール貴族の中でも一、二を争う名門中の名門、リューガ家の養子におさまってしまった。
 今こうして目の前で、リューガ家当主レムオンとその弟のエストの間に挟まれている姉の姿を見ていると、実に違和感なく溶け込んでいる。
 その光景に、これはなるべくしてなった運命だと思えてくる。
 頭では、そう思っているのだが。

 ……この男が姉ちゃんをさらっていかなければ……!
 なるべくしてなった運命と思いつつ、どうしても感情的に恨み節が入ってしまう目で、チャカはレムオンを、こっそり睨んでいた。



 画家が絵を描く支度を調え、いよいよキャンパスに筆を走らせようという段階になって、そのレムオンが口を開いた。
「待て」
「は、はい?」
「セバスチャン」
「なんでございましょう」
「お前も入れ」
 いきなりの言葉に、周囲がちょっと驚いた。
 だが、呼ばれた執事は実に優秀だった。素早く主人の意を汲んで返答した。
「よろしいのでございますか?」
「俺が入れと言っている」
「お待ちくださいませ! 本日は妹君をお迎えしての絵画の依頼と承っております。そのような大事な絵に、失礼ながら使用人の方は……」
「これは別に公式のものではない。我が妹が見つかった個人的な記念として依頼したものだ。そう堅苦しく構えることもなかろう」
 淡々とした口調だったが、余計なことは言わずに命令に従え、という有無を言わせない鋭さが滲んでいる。
 反論を封じられて、画家は少しばかり不満そうな顔をした。
 もちろんレムオンは取り合わない。そのまま続けた。

「チャカ。お前もだ。お前も入れ」
 レムオンの言葉に、姉と本当の弟は、わずかに目を見張った。
 セバスチャンが主人の言葉を後押しするかのように、柔らかな笑みを浮かべて告げる。 「レムオン様のご命令です。こちらへどうぞ」
 エストもにこにこ笑って手招きする。
 そういうつもりで、わざわざチャカを使用人の服に着替えさせ、控えさせていたのだとしたら。
 ……なんだよコイツ、意外といい奴じゃねえか。
 冷血の貴公子と呼ばれているはずの人物に対して、チャカは自分の評価を改めた。

 仕上がったその一枚は、リューガ家の要員にとってもノーブルの姉弟にとっても、宝物となっている。





 そういうわけで、エストから手紙をもらって、姉弟は真剣に考えていた。

『もうすぐ兄さんの誕生日なんだ。お祝いをしようと思うんだけど、いい案ないかな。
 セバスチャンの話では、兄さんは相変わらず忙しく真面目に政務に励んでいるみたい。
 だから、癒しとか楽しみとか馬鹿馬鹿しさとか、とにかく「兄さんを息抜きさせる」という方向で考えてます。
 もちろん兄さんには秘密です。連絡中継はセバスチャンが担当してくれています。返事は、件名を最高秘密事項と記入して、僕宛の手紙としてリューガ家に送ってください』

 相も変わらず達筆な字で綴られている。

「息抜きさせる方向か。いっそデートなんてどうだろう?」
 姉が真面目な口調で提案したが、こういう時の姉は要注意だ。
 それを承知しているチャカは、さして驚きも期待もせずに尋ねた。
「デートってどこに? どんな感じで?」
「ロストール近郊だとゼグナ鉱山あたりが手頃かな」
「姉ちゃん、それデートじゃないよ。何かの陰謀と勘違いするよ」
「冗談の通じなさそうな相手に、楽しさと馬鹿馬鹿しさを提供するというのは難題だな」
 チャカも同感だったが、だからこそ計画の練りがいもあるのだろう。

「去年って、どうしていたのかな?」
「セバスチャンの話だと、エストが自分の発明品を贈ったらしいぞ。もらったレムオンは『俺は何かエストに恨まれるようなことをしただろうか』と真剣に悩んでいたようだが」
「愛だねえ」
 通じてないけど、という言葉を呑み込んで、しみじみとチャカは呟いた。
「どうせなら、盛大に祝ってやりたいな」
 姉の言葉に、チャカも大きく頷いた。





 最近、周囲の雰囲気が微妙におかしい気がして、レムオンは居心地の悪さを感じていた。
 自分の知らないところで何かが進んでいる。
 陰謀だとは思えない。だが何かを秘密にされているのは確かだ。
 内心の悶々とした思いを見せぬようにして、レムオンは執事にさぐりを入れてみた。 

「最近何か変わったことないか、セバスチャン」
「さあ。私は気づきませんでしたが」
「随分頻繁に手紙のやりとりを行っているようだが」
「ああ。エスト様の研究に役立てるような何かを発見されたとかで、その連絡だと伺っております」
 もちろん主人の思いなど、この優秀な執事はお見通しだ。
 見通した上で、鉄壁のスマイルでさらりとかわしてみせる。
「どういう内容なのか、俺も知りたいのだが」
「政務でお忙しいレムオン様を、このような雑務で煩わせるわけにはまいりません。
 このセバスチャンの主義に反します」

 この屋敷の最高権力者の言葉に、くっとレムオンは内心で拳を握り固めた。
 ……やはり俺は仲間はずれなのか……。
 密かに気落ちしているレムオンは、それを押し隠しつつ、とぼとぼと立ち去った。
 その背がちょっと丸まって孤独に見える。

 計画はお早めに。レムオン様が可哀想です。
 そう催促の手紙を出そうと、セバスチャンは決意していた。





 セバスチャンからの催促の手紙をもらい、エストからも大体の計画は立ったと返事を受けて、姉弟はロストールに帰ることにした。
「……色々と面倒な男だよな」
「でも、多分悪い奴じゃないぜ」
「知っているさ」
 姉は笑った。
 こうやって、みんなが彼のことを思うのは、おそらく彼の人徳と魅力なのだろう。
 ――みんなでお祝いをしてあげよう。
 それは、とても単純で楽しくて、大切なものであるように思う。

2006-07-01

誕生日は生まれてきたことにおめでとうです。だから素直に祝われてください、レム兄。というわけで、冷血貴族祭出展作品。びっくりするぐらいストレートだ!
初のレムオンです。というかリューガメンバーです。女主は名前を出しませんでしたが、台詞で分かるように言葉遣いは結構男前です。反乱のリーダーという設定が強すぎて、このしゃべり方以外浮かびませんでした。可愛い義妹をあげたいと思っていたのは本当ですが、どうやら無理そうです。ごめんレム。