ミイスの村のお義姉さん
お義姉さんは研究熱心・1
シェスターさんは、今、ミイスで暮らしています。
慣れない土地での田舎暮らしをセラは心配していましたが、お義姉さんはとても元気そうです。
ミイスでの生活はお義姉さんに合っているようです。
ミイスは結界のせいもあって、周囲には自然がたくさん残っています。
魔物もいなかったので、弱い生き物たちものびのび育っているのだそうです。
そこが、お義姉さんの研究心をくすぐるらしいのです。
里帰りをしたときのことです。
見慣れない小屋が、小川のほとりに、ひっそり建っていました。
虫小屋だそうです。
絶滅寸前の稀少価値のある虫がおさめられているのだそうです。
棚いっぱいに並んだ、虫かごやガラス瓶+その中身。
ふと、じめじめしていて気持ち悪かった、あの海辺の研究所を思い出しました。
その小屋に籠もって、お義姉さんはたまに出てこなくなるそうです。
何をしているのか、兄もよく知らないようです。
怖い魔人はお義姉さんの中で眠っているそうですが、
本当は起きてるんじゃないかと、時々疑いたくなります。
今回は姉シリーズです。イメージ崩してごめんなさい。
うちのヒロインは女主ではなく、シェスターです。
路線としては、アーギルシャイアとは対極のか弱い薄幸の美女なんですが、
その反動でか小ネタではとてもはじけてしまってます。
お義姉さんは研究熱心・2
配達品で引き受けたくないなあと思うものがあります。
深海魚の目玉です。
呪いが嫌なんじゃありません。目玉が気持ち悪くて怖いのです。
でも、お前がリーダーだろう、とセラに意地悪を言われるので、
仕方なく布に包んで、見えないようにして、担ぎます。
こんな気持ち悪いものは男の人が持つべきだよ、と愚痴をこぼしたら、
そんなことはない!とセラにきっぱり言われました。
姉さんはとても嬉しそうに眺めていた。
耳を疑いました。
お義姉さんは、とても大人しそうな人です。
気持ち悪いものを見たら、きゃっと叫んで、
「ロイどこかにやって」と儚げに呟きそうな人なのです。
深海魚の目玉は魔道研究に使われることが多いそうです。
きっと、そのせいなんだと思って、ツッコミはやめておきました。
聞いてはいけないと、何かが囁いたのです。
ミイスに帰ったときのことです。
お義姉さんがたくさんの虫を相手にしていました。
昆虫は生物学の基本なのだそうです。
ミイスには珍しい生き物がいっぱいなのね、と幸せそうに呟きました。
昆虫ってね、単純に見えて、とても高度な機能を備えてるのよ。
不思議でしょう? どんな風になっているのかしらね。
研究心が高じてのことなのだと思います。
でも、時々ウフフと呟いて、手元の虫をいじっている姿は、
調べているというよりも、虐めているように、思えます。
お義姉さんは、思っていた想像とは違う人なのだと悟りましたが、
その姿に見覚えのあるような気がしてなりません。
ミイスのシェスターは意外とたくましかったりします。
セラやアーギルシャイアと同様、ちょっとだけ趣味や嗜好に偏りがあるようです。
お義姉さんは研究熱心・3
ミイスの復興も、ようやく一段落しました。
そこで村の人たちが、お兄ちゃんとお義姉さんに、
新婚旅行に出かけてきてはどうかとすすめたそうです。
今まで先頭に立って働いてくれた二人への、感謝の気持ちだそうです。
言葉に甘えて行ってきたそうです。
どこに? と尋ねたら、兄は一瞬口をつぐみました。
水の流れる綺麗な町並みの観光名所、アキュリュースでしょうか。
旅行らしく船に乗って、エルズの海辺で日を過ごしたのかもしれません。
ウルカーンでのんびり温泉につかってくるという手もあります。
だいたいこのあたりが、女性に人気と言われている新婚旅行スポットです。
キノコが見たいと言われたんだ。
兄がぼそりと呟きました。
――ルンホルスの森に行ってきたそうです。
あそこのお化けキノコは植物学的にとても興味深い品なのだそうです。
帰り道には「是非とも寄ってみたいの」といわれて、竜王の島へ渡ったそうです。
目当ては、オッポスの岩とノロガメ。
確かに両方とも、とても珍しい品です。
冒険者だって滅多にお目にかかれません。
よほど嬉しかったのか、旅先でお義姉さんは周囲を見回るのに忙しく、
お兄ちゃんはずっと放っておかれたそうです。
兄は意外とロマンチストなので、本当は違うところに行きたかったのでしょう。
はりきって、宿もムード満点のところを手配したかもしれません。
そのうち古の森に行きたいと言うかもしれない、と兄が切なく呟きました。
実はシェスターは強いです。
研究のためだと、引っ込み思案もおさまるので、かなり積極的に。
日光使いと魔道アカデミー首席卒なら、危険冒険スポットも軽々突破。
お義姉さんは研究熱心・4
魔法使いは杖が基本なのだそうです。
力のある魔法使いは、オリジナルの杖を自作するそうです。
確かに杖は、他の武器とは違って鍛冶屋で鍛えられません。
ユーリスの杖には羽がはえています。
白い形がウサギの耳みたいに見えます。
マジカルステッキという名前だそうですが、
仲間内ではひそかに「ウサギステッキ」と呼ばれています。
ある時ユーリスが真面目な顔で言いました。
羽耳ウサギなんて、可愛いものですよ。
先輩たちの中には、もっとすごい人たちが居るそうです。
特に首席クラスになると、杖の材料からして「普通の生き物」ではなくなるそうです。
でも杖を自作しても、卒業式には手ぶらの首席が多いそうです。
力の強い武器は持ち主にも災いを与えるとか何とか言われて、
教授たちに、杖よりも拳の方が向いている、とそれとなく説得されるとの噂です。
オルファウスさんとザギヴが、なんで拳なのか、少し見えた気がしました。
お義姉さんも、魔法は素手で使っています。
やっぱり杖使用を止められた口なのでしょうか。
素手で戦う魔道士の多いバイアシオン。ザギヴの平手は強そうです。
オルファウスには猫じゃらし、シェスターはム…でも良かったかもしれない。
とある些細な出来事
ミイスに里帰りをしたときのことです。
晩餐最中、うっかりソースをこぼしてしまったことがありました。
緑の服に赤のまだら模様が出来ました。
被害は私で一人ですみましたが、お義姉さんが慌てて言いました。
すぐにお洗濯をしなきゃ染みになるわ。
ひとまず私の服を使ってちょうだい。
そういって、ぱたぱた走っていって、
洗濯したばかりの自分の服をとってきてくれました。
いそいで服を着替えようと居間を出ると、兄が追いかけてきて、そっと言いました。
いざとなったら私の服を着るといい。
箪笥の場所は分かるだろう?
? ? ? ?
いざとなったら、の意味がサッパリわかりません。
ひとまずお義姉さんの言葉に甘えて、受け取った服を、頭からすっぽりかぶってみたら。
胸元が。
生地が余っているのが一目瞭然。
………………。
お兄ちゃんの服を借りました。
姉妹がいたら、一度はやってみたい洋服交換。
けれどそこに障壁もあったりします。
兄は妹と妻のサイズの違いを熟知しているようです。
続・お義姉さんは研究熱心
お姉さんは、元魔道アカデミー生命魔道学専攻
→ アンティノ研究所生物兵器開発担当
→ ミイスでは平和利用のために、生物開発研究にいそしんでるそうです。
そんなお姉さんから、セラに誕生日プレゼントが届きました。
その贈り物を前に、セラが唐突に、昔語りを始めました。
――姉は、昔から、心優しき人だった。
傷ついた生き物を見つけると放っておけず、
つい連れ帰ってきて、治療を施し、元気になるまで飼うことが、しばしばあった。
「ほらセラ。この子、こんなに元気になったのよ」
そう笑って、文句のつけようのない美少女だった姉が、手のひらにのせて見せてくれたのは、むっちり太った蛾の幼虫だったか、ナメクジの子どもだったか。
俺はもう忘れたが、そういう感じのものだった。
(※ミイス主独白:アンティノ商会からタルテュバに売り飛ばされたアレって、もしかして……?)
宝物だと大事にとっておいたのは、蝉の抜け殻だったか、ヘビの脱け皮だったか。
俺はもう覚えてはいないが、それに近いものだった。
(※同上:そう言えば、深海魚の目玉を嬉しそうに眺めていたとか聞いたなあ)
子ども時代の懐かしい思い出の割には、
どこか重々しい、現実から目を背けるような、セラの遠い声も気になりましたが、
とりあえず今問題なのは、目の前のラッピング包装された小箱です。
ひとまず、かさこそ音がしているので、抜け殻ではなく、ナマモノのようです。
『私だと思って可愛がってね』
箱に添えられたカードには、そんな一言が書かれています。
(……どうして、姉さん!)
と、それを受けたセラの心の声も聞こえた気がしましたが、幻聴でしょう。
何かの試練のようにも思えますが、きっとこれが、お姉さんの愛なのでしょう。
兄を見ていると、耐えることと悦びは、等しいのかもしれないと思います。
……思いますが、ひとまずお兄ちゃん一人で、お腹いっぱいです。
セラにまで耐え忍んで悦ぶ人になられても困るので、ひとつの提案をしてみました。
「箱、あけないで捨てちゃ、駄目かなあ」
開けると災厄が飛び出す箱のおとぎ話もあります。
セラが無言のまま、こっちを向きました。
私が箱を手にとっても、口を挟まなかったので、それを承諾と思うことにしました。
どこに放つか悩みましたが、寂しくなっても可哀相かなと、エンシャントの廃城に放ってみました。
あとでザギヴに知られて、死ぬほど怒られましたが、どうも生態系に変化が生じたらしく、廃城の魔物たちがとても静かになったとのことでした。
お姉さんの研究成果なのかもしれません。
箱の中身は、うっかり開発してみた、ミニエクリプスなんて、どうかしら。
アンティノが作らなかったら、アーギルシャイアがあれをつくっていたそうですが、アーギルシャイアでもやっぱり、エクリプスってあの外見になったんでしょうか。
あれはアンティノの心の反映の怪物だから、アーギルシャイアだったら、もっと乙女チックな化け物になっていたかもしれないなとか、ちょっと思いました。
ちなみに、同じ魔道アカデミーでも
きっとザギヴは法学関係、シェスターは生命工学系、ユーリスは物理化学系と、
若干分野が違っていたと思ってます。
シェスターの方がユーリスと話が合いそうな。
物知りお姉さんとカボチャの魔法
まだ冒険を初めて間もない頃の出来事です。
森の中を歩いていたら、不思議な物体に出くわしました。
どうやらカボチャのようでした。でも動いています!
「ねえセラ、ねえセラ! ほら、動くカボチャがいるよ!」
「ぼさっとするな、剣を抜け!」
新発見を伝えたら、セラからは怒鳴り声がかえってきました。見上げたセラの表情は真剣です。
「……て、敵なの!?」
「外の世界ではカボチャまでもが牙をむく。油断するな」
セラは大まじめにそう言って、月光を振るいました。
お化けカボチャはスパッと横なぎに一刀両断され、ヘタが空の彼方に飛んでいくのが見えました。
* * *
「……それで、これは?」
兄は目の前の物体を指さしました。
一見すれば、中身がくりぬかれた空洞のカボチャです。
中にロウソクを立ててあり、ちょうどよいランタンとなっています。赤々とした光が周囲をほのかに照らしています。
元は、ミイスへの里帰りの途中に遭遇し、襲いかかってきたモンスターの『ジャックランタン』でした。
宙を飛び跳ねていたところを、ぽかんと殴ったら、目を回して気絶しました。
更に追い打ちをかけようとしたら、すんでのところで、お化けカボチャは目を覚まし、気が動転したのか、カボチャの殻を脱ぎ捨て、中身だけで逃げ出してしまったのです!
残されたカボチャの皮は、最初お鍋代わりに煮込み料理に使おうと思ったのですが、なんとなく思いついて、中にロウソクを立ててみたら、とてもよい感じのランタンになりました。
せっかくなので、ミイスまでの道中を、カボチャランタンで照らしながら歩いてきました。
ということを、かいつまんで兄に説明すると、そうか、お前もすっかりたくましくなったんだなと兄は呟き、しげしげとカボチャのランタンを見つめました。
オレンジのカボチャは、にらんでいるような笑っているような、不敵な表情をしています。
「けっこう冒険者生活も長いけど、初めて見たよ。ジャックランタンが中身だけで逃げ出すところ」
そのときの様子を思い出しながら、ね? とセラに同意を求めましたが、セラはむっつり黙ったままです。
相変わらず、場を盛り上げたり、会話を弾ませたりしてくれない人です。
「なんだか、亀みたいだったよ」
「あら、ルシカちゃん。亀はね、あの甲羅も身体の一部で、中身だけ抜け出したりはできないのよ」
それまで、大人しくお茶をすすって話に耳を傾けていたお姉さんが、そっと教えてくれました。
「そ、そうなの?」
「ええ。私、実験したみたことがあったの。亀の中身はどうなっているか、知りたくて。
でも、してはいけないことだったのね。とても、可哀相なことをしたわ」
亀の甲羅は、亀の骨や脊髄が変形してくっついている、れっきとした亀の身体の一部なのだそうです。あの甲羅の模様は、亀の成長記録なのだそうです。無理にはがすのは、亀にとっては身を引き裂かれるようなもので、そのまま死んでしまうのだそうです。
さすが、魔道アカデミーを主席で卒業しただけあって、お姉さんは、とても物知りです。
そんな物知りのお姉さんが、理知的で密やかなまなざしを、カボチャのランタンに向けて語り出しました。
「そういえばバイアシオンに流れ着いた次元漂流者の話だと、異世界では、秋の終わりにカボチャを使ったお祭りがあるそうよ。
ちょうど今と同じように、こうやってカボチャの中に火をともして、ランタンにして飾るんですって」
「へえ。どうして?」
「何でもこの日は、死者が蘇ると言われていて、火を灯して、悪霊を追い払うのだそうよ。カボチャのランタンもその一つで、霊を怖がらせたり、驚かせたりして、追い払うために飾るみたい。
あと、そうね、聞いた中で、面白いと思ったのは……」
ここでお姉さんは、記憶を手繰るように言葉をとめ、思い出したのか、またすべらかな調子で続けました。
「ええと、お化けや怪物に仮装した子どもたちが、一軒一軒の家を訪ね歩くのよ。
『お菓子をくれなきゃ、お仕置きするぞ!』 そういって家人を驚かせて、お菓子をもらって、退散するんですって」
一瞬、何ともいいがたい沈黙が流れました。
カボチャの中で、ロウソクがちろちろと、大きくなったり揺れたりしながら、燃えています。
炎にあぶられ、少しずつとろりと溶けていくロウソクのロウを、じっーと眺めながら、兄がそっと口を開いて言いました。
「……聞いているだけで、なんだか、心ときめく風習だね」
気のせいか、わずかに兄の声に熱が籠もっているようです。
呟いた兄に向かい、ウフフとお姉さんも、笑いかけました。
「そうね。なんだか怖いけど、話だけ聞くと楽しそうよね」
カボチャのように、とろりとした重みと甘みのある空気が流れています。なんだかとても良い雰囲気です。
ですが、セラは何かが気に入らない、いや、何かが引っかかるようです。
ぼそりと呟きました。
「俺も……似たような話をどこかで聞いたことがあるが、だが、そのときは何か微妙に、違う話だったような気がする」
そう言いながらも、具体的に、どこがどんな風に違うのか、指摘できないようです。
異世界の風習なので、そもそもどんなものか実態を誰も知らないので、仕方ないのかもしれません。
見知らぬ異境のお祭りへの想像だけが、それぞれの胸の中で、広がっていきます。
最初は拍手御礼小ネタ用だったんですが、御礼用には長くなってしまったので、イベントネタとしてこんな感じで。ハロウィンって、仮装にカボチャのロウソクで、trick or treat !なので、どこかで何かが繋がれば、ミイス夫妻に似合いそうだなとつくづく思います。……って、すみません……!例のセリフを言ってみたかっただけです(笑)!
ちなみにシェスターの亀の甲羅の話は江國香織さんの小説のエピソードです。ちょっとシェスターに似てる気がする。