五色の短冊
7月7日。異世界のとある国では、この日は紙に願い事をかき、笹という木につるす風習があるという。
「ロマンチックなお祭りだと思わない? これがその『笹』っていう珍しい植物なんだ。これを飾ってよ。お客さんに願い事をたくさん書いてもらってさ!」
そう言って宿にやってきたのは、小生意気そうな目つきをした黒髪の少年だった。
何がおかしいのか、ウフフアハハと楽しそうに笑って、紙の飾りを沢山ぶら下げた笹の枝を置いて、じゃあ後で取りにくるね! と立ち去ってしまった。
宿屋の親父は、残された不思議な形をした植物に首を捻ったものの、妻と子供がその話に興味を示して、嬉しそうに『短冊』とやらに願い事を書いているのをみて、まあ話の種にはなるだろう、と宿の片隅に据えておいた。
色とりどりの短冊とインクを側に置いて、『自由に書いてつるしてください』と記して。
この一風変わった行事は、暇を持てあました宿泊客には好評だったようだ。
立ち寄った冒険者たちは、それぞれの思いを紙に託して吊し、それぞれの目的に向かって旅立っていく。
この一週間、宿泊客の出発を見送って、さて彼らはどんな願い事を書いたのかと確かめるのが、主人のささやかな楽しみになっていた。
金。名声。練剛石がたくさん拾えますように。もっと格好良い通り名を。
まあ、だいたいこんなところが定番だったが。
新しい紙切れが下がっていた。今朝出発した冒険者の一行だろう。
ぴらりと書かれた文字を見てみる。四枚あったが、どれも簡潔な内容だった。
『お兄ちゃん』
『姉』
『復学』
『力』
紙には一言きりだったが、きっと一言では言い切れないドラマがつめられているのだろう。
願い事には、ささやかながら願いをかけるものの人生がかいま見えるものだ。
そういえば先日も似たような、不思議な願い事を残していったパーティが居たことを思い出した。
『村の人たちの魂が戻りますように』
『いい男が欲しいわ』
『……彼女を守れる勇気を』
『竜王様の加護とあの救世主に天罰を』
叶うといいなと素直に賛同はしかねたが、きっと本人たちは真剣なのだろう。
奇妙な取り合わせの四人組だったと記憶したが、彼らは彼らで大変なのかもしれない。
一週間が過ぎて、あの少年が笹の葉を回収しに来た。
「うわあ、お願い事がいっぱいだね! ウフフ、僕もやり甲斐があるってものかもね!」
嬉しそうだったが吊された短冊を見ていくうちに、少年の顔が不機嫌そうな表情に変わっていった。
「つまらない願いばっかりだ。これならやっぱりロストールの空中庭園にぶらさげておけば良かったかな」
そう小さく呟く声が聞こえて、振り返ったときには、少年はもう笹の葉ごと消えていた。
子供が言うには、あっという間に、ぱっと消えてしまったのだという。
お願い事を叶えにきた神様の使いなんだよ、と今年三歳になる息子は言っていた。
そんなことはないだろうと思ったが、幼い子供の手前、全部の願いがかなってくれたらいいなと答えておいた。
07/07/07
最初猫屋敷で七夕祭りをやろうと思ったんですが、うまく行かなかったのでこんな感じに。
ちなみにかつての仲間のよしみで剣聖含むで考えたら、『聖杯』『昔の兄』『強い奴』
賢者のお願い事は『世界平和』 英雄は『私に挑む者』でした……。