戦闘訓練
剣の稽古は、兄につけてもらっていた。
ロイの教え方は、意外なようだが、実戦向きのけっこう厳しいものだったりする。少なくともただの習い事レベルよりは確実に上だった。
だから、実はそれほどルシカの剣の腕は悪くない。
世間知らずのお嬢ちゃんにしては、けっこうやるほうだ、くらいの点はついてもいいと思う。
だが、もちろん、そんな甘い考えは、セラには通じない。
冒険者としてやっていく上で、魔物相手(時には人間相手)の立ち回りは必須項目だ。剣一本にしても、そこそこ扱えればいいという甘い話ではない。弱さが死を招く。そんな世界の話だから、セラの戦いの教え方は、至極単純明快だった。
魔物の群れと遭遇する。
ある程度までセラが魔物の数を減らすなり、戦闘力を削るなりした上で、ルシカを魔物の群れの中に取り残す。
「そいつらを片づけろ」
面倒なことは一切省いて、実戦経験を重視。
非常にシンプルでスパルタだった。
* * *
「セラのバカー!」
ひらひらとうるさげに舞う蛾――フラッフィプリカの群れを追い払いつつ、狙い澄ましたタイミングで、ルシカが剣を繰り出す。ばっさり、という言葉が気持ちよく当てはまるくらい、一番近くを飛んでいた蛾の羽根が、真っ二つに切り裂かれて地に落ちた。
セラは、幾分ルシカから離れたところで、ルシカによる魔物相手の格闘を観察している。毎度おなじみのルシカの吠え声にも、まるで頓着していない。
腹が立つなー!!
内心でそう思いつつ、絶対自分一人で仕留めてやる! と妙な負けん気を起こして、ルシカは剣を振り回していた。これでセラが加勢しようものなら、ルシカ が苦戦している魔物の群れを、月光の一振り=ゲイルラッシュで一瞬にして殲滅。本人は汗ひとつかかず涼しい顔で、フッと静かに笑われたりするのだ。そっち の方が何倍も腹が立つ。
この訓練は、ある日、その場の思いつきでもあったかのように、唐突に始まった。
魔物との戦闘中、あと少しで片が付くというところで、いきなり「残りを片づけろ」と言われたときには冗談かと思ったが、本当にあっさり剣を引かれて戦線離脱されて、この人はこういう人なのだとルシカは悟って、セラという人物像に新たな記録を書き込んだ。
以来、ずっと同じ調子である。
文句を言っても始まらないので、とにかく必死で魔物を追い払う。軽い切り傷や打撲などしょっちゅうだったが、重大な怪我をすることはなかった。そうなる気配が見えたときには、いつのまにかセラが戦闘に復帰していて、あっという間に残りを片づけてくれる。
ありがとうと礼を言おうものなら、何をやっているんだと怒られる。
そして剣の振り方、身のかわし方について、実に細かくあれこれ指摘されるのだ。
セラが、無口でクールだなんて絶対嘘だ、とルシカは思っている。
確かに外見や態度はそう見えるし、そう振る舞っている。だが実は、案外説教好きというか、他人に気遣いをするというか、世話を焼くというか。心の底まで冷淡になりきれない部分があるように見える。
もっともそれが他人にひどく通じにくい表現なのが、この人のこの人であるゆえんというか。
……多分、悪い人じゃ、ないよな。
そう自分に言い聞かせながら、ルシカは残りのフラッフィプリカを次々撃沈していく。剣を繰り出すタイミングも、刃の返し方も、間のとり方も、だいぶ慣れてきた。
FastBreakとはいかなかったが、すっかり綺麗に片づいたところで、得意そうにセラに向かって胸を張ってみせると、セラはとりたてて感心した顔もせず、顎で森の奥の方を指し示した。
「?」
ルシカが振り返ると、ウルフがうろつき回っている。
「行ってこい」
「…………。ねえ、魔法使っちゃ駄目?」
「禁止だと言ってある」
「もうやだ!」
降ろしかけた剣を再び握りかえし、ルシカは文句を言いつつ連戦に挑んでいった。
そういうわけで、二人の居る森は、今、とても静かになった。
セラが傷薬を渡そうとしてくれたが、ルシカは手を振ってそれを断る。
「大丈夫。そんなに大した傷もらってないもの」
「そうか」
あっさりセラは傷薬を荷袋にしまうと、ルシカの状態を一瞥して、言った。
「そろそろいいか」
「何が?」
「防具を買ってやる」
旅に出たルシカが、ミイスの村から持ってきた物と言えば、今握りしめている剣一本と、首にかけている村の少女からもらった朝日のお守り、それだけだ。防具なんて上等なものはつけてない。
「……ええと、それは、あたしが傷薬あんまり使わなくなって、その分の薬代を防具に回せるようになったって、そういう理由で?」
「違う。だが、いらないと言うのなら、それでいい」
「わー。ごめんなさい! ありがとうございます! 嬉しいです!」
用は済んだとばかりにとっとと街へ戻ろうとするセラの隣に、慌ててルシカが並ぶ。
歩きながら、それでもやっぱり、どうしてセラがいきなりそんなことを言い出したのか分からずに首を捻っていると、セラがぼそりと説明をしてくれた。
「ひよこのお前では、防具の重みに負けるからだ」
「ごめん。もう少しくわしく」
「身のさばき方が身に付かないうちに防具なんてつけたら、できることもできなくなる」
「ああ、はい。分かりました」
確かに今のルシカなら、なんとなく魔物を相手にしたときの、身の動かし方は分かる。それは頭で考えてのものではなく、条件反射のように身体に染みついた経験によるものだ。
最初から重たい防具を身につけていたら、そういうことはできなかったかもしれないし、身を守っているものがあるという安心感に、気の入り方が違ったかもしれない。
……この訓練が始まったばかりの時は、毎日死ぬかと思ったからなあ。
ちょっと遠い目をして以前の自分の姿を思い、少し感心して隣に並ぶセラの顔を見あげたが、セラは相変わらずセラだった。無愛想で人を褒める事なんてまずしない。
ありがとうと言うべきか悩んだが、そういうお礼の気持ちは、強くなることでしか返せないのだろうと、ルシカは胸にしまい込んだ。
*
街に戻ったルシカとセラは、宿屋に入る前に、鍛冶屋へ寄った。
セラと同じく動きやすいブレストプレートにしようか、防御力重視のボディアーマーにしようか迷ったが、どうせならしっかり身を守っておけ、というセラの 助言に従って、ボディアーマーを購入した。そういうセラのその格好はどうなんだろう、と思ったが、せっかくの好意を余計な一言で無駄にしたくないため、ル シカは賢明に黙っていた。
口は悪いが気の良い職人は、ルシカの寸法に合わせて、防具のサイズ調整をしてくれた。
「ずいぶんちっこい嬢ちゃんだな。子供サイズでもいけそうだぜ。女性用の防具なんだが、胸はもう少し詰めてもよさそうだな」
「これから先、装備品の修理や改造があったら、余所の鍛冶屋に頼んでもいいんだけど?」
「つれないこと言わないでくれ、まけるから。これからに期待してる」
「有名になって返してあげる」
鎧は装飾の全くないシンプルなものだったが、そのかわりにというべきか、全体的に白い塗装が施されていて、ルシカの青い髪とうまく馴染んでいた。自分で言うのもなんだが、姿だけなら一人前の冒険者みたいに見える。
鏡の前で自分の姿を確認しながら、ルシカがセラに向かって言った。
「似合うでしょ」
フン、と鼻で笑われて返されたが、鍛冶屋の方は意外といいじゃねえかと褒めてくれたので、ルシカは上機嫌で笑い返した。
*
さてその数日後。魔物の群れに遭遇して、セラが言った。
「行ってこい」
「…………もう特訓、終わったんじゃないの?」
「鎧も買ってやったし、少しの無茶なら平気だろう」
「えー」
鎧の代金が、色々と高くついた気がしてならない。
2006-06-27