夢も見ずに
焚き火と星灯りだけが、森の中で頼れる光源となっている。
夜もだいぶ更けた時刻、獣たちすら寝静まっている森には、耳に重たく感じる沈黙が漂うばかりだ。
火の番と見張りを兼ねて、セラは一人起きていた。
側らにはマントにくるまった小さな塊がある。灰をかき出し、燃料となる小枝を継ぎ足して、セラは熟睡しているルシカを見つめた。
濃い闇の中だからこそ、小さな炎でもくっきりと、眠る少女の顔が浮かび上がる。
ここ数日ルシカを鍛えるために、彼女一人で魔物退治をさせている。
その疲れからか、ルシカは夜の間は身じろぎもせず、深く眠るようになった。
本当は魔物の襲撃にそなえて、いつでもどこでも、瞬時に目が覚めるような眠り方を教えなくてはならないのだが。
それは別に、今すぐでなくても良いだろう。
……今はただ、夢も見ずに、眠ることだけ覚えればいい。
それが現実を忘れるための逃げるような眠りであっても。
共に旅を始めて、それほど日が経っていない。
ロイの妹ルシカ。それだけの知識しかなかった存在に、はっきりとした姿形が加わって、想像していた性格とは違ったなと思ったくらいで、それ以上のことはまだよく知らない。
印象としては、嫌になるくらい物怖じせず、うるさく、明るく、たくましい娘。
だが、ルシカのその顔は昼間にだけ見せるものだということを、何度か野宿を重ねて、セラは知った。
深夜、耳に入った小さなうめき声。
目を覚まして隣を見れば、うなされていたのだ。
ミイスの村を出たばかりの頃は、それが毎晩のように続いていた。
さすがに眠っている間の、意識の制御がきかないところに文句をつけるわけにもいかず、セラは何も言わず、知らないフリをしていた。ルシカがそれに気づいているのかいないのかは不明だったが、昼の彼女に夜のことを話したところで、お互いどうしようもないことだ。
昼の彼女は、夜の自分を忘れるように、明るく振る舞う。
そうすることで、自分の精神のバランスを保って絶望しないようにしているなら、そういう方法も生きていくためにはありなのだろうと静かに思っていた。
気安い慰めの言葉など何の役にも立たないことを知っていたから、その代わりにこれから旅をしていくにあたっての実用的な事柄を教え込むことにした。
やることがあれば、余計なことは考えずに済む。
なくしてしまった物も、あてのない未来もとりあえず脇に置いて、今をやり過ごしていくことに集中できる。
セラのこの発想は、少女の態度とどこか似ているような気もしたが、逃避でも何でも利用できるものは全て利用するくらいでいた方が、生きていくのに都合はいい。
少なくともセラは、ずっとそういう生き方をしてきた。
セラの生き方が、そっくりそのままルシカに当てはまるとは思えなかったが、他のやり方など知らなかったので、セラは自分のやり方を通していた。
*
翌日早朝、陽が昇った気配を感じて、セラは目を覚ました。
瞬間的に深く眠って、起きたいときに目を覚ます。冒険者としての眠り方は、もう骨にまで染みこんでいた。
目をやれば、マントにくるまった姿はそのままだ。
「おい。起きろ。いつまで寝てる」
声をかけると、うー、と間延びした声がして、もぞもぞとルシカが起きた。
「とっとと出かけるぞ」
「ふぁーい」
あくび混じりの返事が歪んで聞こえる。
「まったくお前は、馬鹿みたいに眠る」
「すいませんねえ。疲れてるんだもん」
てきぱきと野宿の後始末をして、荷物を持って、二人は立ち上がる。
「行くぞ」
悪夢しか見ないのなら、いっそ夢など見ないで眠ればいい。
こんな祈りなど彼女の知ったことではないだろうが、それでいいとセラは思う。
2006-07-01