冒険開始 

「迅速、誠実、安心、格安。受けた依頼は確実に。困った人は助けましょう。それが冒険者ってもんでしょ」
「黙れ初心者。身の程をわきまえてものを語れ」
 早口でまくしたてる少女の言葉を、長髪の剣士は、冷たいともとれる口調で切り捨てた。
 だが少女は、ひるむ気配など全く見せず、子供のように唇を尖らせて言う。
「信念に身の程は関係ないもん。それにこれは、冒険者ギルドの手引き書の『冒険者の心得』に書いてある文句だもん」
「『受けた依頼は確実に』だけしか合ってない」
「すごいセラ。中身、覚えてるんだ!」

 ルシカの言葉に、ついセラは黙ってしまった。
 セラの冷たく素っ気ない返答を聞いた者は、大抵黙ってしまうか、鼻白むか、話題を変える。そういう反応を見慣れてきたせいか、そのどれにも当てはまらないルシカの反応は、予想しづらく、切り返しにくい。
 気づけばうっかりペースに巻き込まれている。
 この少女を連れて歩くようになってから、そんなことの繰り返しで、彼本来の調子が狂っていた。
 相手は初心者だと自分に言い聞かせ、諭すようにセラが言う。

「何で二つの依頼を同時に片づけなければならん。片方を完全に終えてからでも、期日には十分間に合うだろう?」
「だって困っている人は一刻も早い解決をのぞんでいるわけでしょ? それにあたしが言っているのはものすごーく無茶な話ってわけでもないもの。ちょっと行程ルートを変更すればいいだけだし」
「まだ地理を十分に把握してないお前が何を言う。地図も満足に読めないくせに」
 ぐ、とルシカが言葉に詰まった。
 上目遣いでセラを見あげて、小さく言う。
「……あたしができなくても、セラがいる」
「他人をあてにするな! 自力で何とかしないと実力はつかん」
「苦手な部分をフォローし合うのが仲間です。人は一人じゃ完璧にはなれません」

 きっぱりと返されて、似たようなことをロイから聞いたなと思い出す。
 似てない兄妹だと思っていたが、それでもやっぱりこいつの基礎は、ロイの教えなんだろうか。
 親友ロイの誠実無害そうな外見の裏に隠された、驚くほど大胆で積極的な行動力を思い出した。性格が温厚でも、行動まで温厚とは限らない人物が居るということを、セラは経験で知ったのだ。

 妹もまたしかり。大人しく黙っていれば、美少女で通してやってもいいものを、言動も性格もはっきりしていて物怖じしない。そのため全体的な印象が、女というより子供に見える。
 少なくともセラは、最初から「ロイの妹」という目で見ていたせいか、どうも異性を相手にしている気がしない。……仲間としてやっていく分には、煩わしくなくていいのかもしれない。

 げんなりした顔で、セラは溜息をついた。
 それを承諾の合図と受け取ったルシカは、勝ったぁ!とポーズを決めてみせた。

「でね。実は、もう船の手配もできていたりするんだ。雑用を手伝う代わりに、船賃を少しまけてくれるって」
 物怖じしない上に、小賢しいので、始末が悪い。


* * *


 ミイスの村からついてきたロイの妹・ルシカは、ギルド登録をし、晴れて冒険者の一員となった。
 今は、依頼の受け方、戦いの心得、冒険者としての立ち振る舞い……冒険者としてやっていくための初歩の初歩を教えている最中だ。
 こういったものは地道に経験をつんでいくしかない。そのため、受ける依頼も、ルシカの力量に合わせ、ごく簡単で比較的近隣で処理できるものを、なるべくルシカ自身に選ばせるようにしていた。
 報酬などあってないようなもので、セラにとってはあくびが出るような生ぬるい仕事ばかりだが、村の外に出るのも初めてという素人を連れていては、そう大きな依頼に挑むわけにもいかない。
 このあたりの堅実さを、ルシカは「格好は派手、剣技も攻撃的な割に、性格は驚くほど慎重で神経質。だからこそ一見温厚、行動大胆な兄と馬があったのだろう」と推測しているのだが、そのことをセラ自身は知らなかった。

 ともあれ面倒をみんぞと言った割には、周囲も感心するくらいの根気強さで、セラはルシカの面倒を見ていた。もっともルシカを連れ出したのは自分なのだし、放っておいて怪我でもされたりしたら親友に合わせる顔がないと、律儀に責任を感じているせいかもしれない。

 ……こいつがこんな性格だと知っていれば、連れて行くのはもう少し考えたかもしれないが。

 初対面の時の印象は少し違った。あのときは事情が事情だったから、互いに余裕がなかったせいもあるだろうが、もう少し、真面目な性格のように思えたのだ。
 わざとこういう風に振る舞っているのか、元々こういう性格だったのか。
 今の段階では判別できなかったが、故郷の一件をいつまでも引きずらない態度は素直に褒めてやっても良かった。日常と冒険時、終わったことと新たな依頼とを瞬時に切り替えられる器用さがなければ、冒険者はつとまらない。
 そう。適応力は大事なのだが。



 エルズに向かう船の中である。
 船倉の片隅でこっそり毛布にくるまっているセラを見つけて、ルシカの目が面白いものを見つけたように輝く。さしずめ新しいオモチャを見つけた子供の目。あるいは猫が鼠を見つけた目と言ってもいい。

「……セラ、もしかして、船苦手?」
 返事をするのも嫌なので、聞こえないふりをして毛布にくるまっていたら、ルシカが嬉々として報告をしてくる。
「そうなんだ。船ってこんなに気持ちが良いのに。青い海、青い空、潮の香り、美味しい魚!」
 ちなみにセラは魚介類が苦手である。青魚と貝類と吸盤系が駄目なのだ。海の物では、海藻くらいしか食べられない、ということをルシカはまだ知らない。
「あたし初めて船に乗ったけど、ものすごく気に入ったのに」
「少し黙れ! 大人しく寝かせろ!」
 ぶち切れて叫び返すと、ルシカはびっくりした顔をして、やっぱり珍しいものを見た顔のままだった。よくよく見れば、その手には、水差しとコップが用意されていた。
「……セラ。お水、もってきたけど?」
「……いる」

 普通の冒険者は一回目の船旅で、まず船酔いを経験するものなんだが。
 この女は神経が動物並みとしか思えない。嵐が来たら、少しは痛い目をみるだろう。



 その三日後、セラの希望通り大嵐がきたが、ルシカは、高波に揉まれて大揺れして大混乱に陥った甲板に出て、強風に煽られつつも船員たちの手助けをして大活躍だったそうだ。
 船長は大いにルシカを気に入って、ルシカの分の船賃はタダにしてくれた。
 ちなみにこの最中、寝込んでいたセラは役に立たなくて当たり前だが、相棒のルシカは良い子なのにと比較されて文句を言われた。どう考えても理不尽としか思えない。

2006-06-04

あの悲劇があった割には、びっくりするくらい軽い冒険風景です。結構ミイス主は重いキャラなので、最初くらいは明るくと思ったら軽くなりすぎました。