もしもあなたが記憶喪失だったら
拍手お礼小ネタ4種。ミイス組です。
(1) ミイス主編
「記憶をなくしたら、たくさんの思い出や、せっかく覚えたことも忘れてしまうんでしょ。それを一からやり直さなきゃいけないとしたら、大変そうだなあ」
ルシカの何気ない呟きに、セラの眉間に皺が寄った。
『まずは冒険者ギルドに寄って、登録だ』
食べていくためには仕事がいる。
何も知らないこの娘を連れ出すにあたり、まずは冒険者の生き方を教え、慣れさせる必要があった。
そこで帝都エンシャントの冒険者ギルドに連れて行き、登録をさせた。
『そんなペラペラの服では、貴様なぞ、ぐさりと一刺しであの世行きだ』
自分ほどの力量があれば軽装でも構わないが、この娘の格好は冒険者とは言えないようなものだった。
武器屋に寄って、防具を購入した。
薄いクロースの上に、膝当て付きの軽鎧を装着させた。
『自分の事は自分で何とかしろ』
体力もまだ不十分な娘だったので、傷薬をいつも多めに買い込み持たせていた。
気づけば蛇に噛まれて毒に冒されていたり、蜘蛛の糸に絡まって動けなくなっていたり、鳥のくちばしに突かれて石になっていたりした。万一のために、様々な治療薬も購入しておく必要があった。
『そんなものは必要ない。とっとと帰るぞ』
逆にいらないものを教える必要もあった。
世間知らずの娘にとっては、何もかもが新鮮だったらしい。旅先の洞窟や、依頼のために訪れた探索地で、珍しい薬草や岩を見つけたら、それが目的外のものでもすぐさま近づいて確かめようとする。
ナジラネの果実もハヤス草もヒャンデ鉱も、考え無しに近づく。
冒険者宛の立て札を指さし、こういう影響があるものだと教えた。
『貴様。それは誰だ?』
『一緒に旅をしたいんだって』
気づけば知り合いが増えていた。状況に応じて猫屋敷の賢者の転送機で仲間入りをする。
いつのまにやら、セラの知らないうちに、ルシカの知り合いは、目的も国籍も種族も問わず多岐にわたり、パーティは大所帯になっていた。
『さっき裏路地で大騒ぎがあったようだが』
『あ、ギルドで有名人の英雄ネメアさんとばったり出会って、成り行きで一緒に冒険者を狙うハーフをエルフを追いかけてたの』
知らないうちに有名人と知り合いになって一悶着起こしていたりする。
地図にも載らない隠れ里に籠もっていた娘にとって、外の世界は未知の物に満ちあふれていたのだ。
セラはそのたびに教えたり、付き合ったり、巻き込まれたりしていた。
それを、一からやりなおす。
「…………。そんな面倒なことは、もうせんぞ」
「セラ、出会ったときも、確か『面倒など見んがな』とか言ってなかったっけ?
というか、なんでセラが考え込むの?」
セラの呟きに、不思議そうにルシカが問い返した。
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Q.もしも、あなたの隣にいる人が記憶を失ってしまったら
A.やはり面倒を見てしまうかもしれない
記憶を失って困るのは、本人よりも側にいる人間かもしれません。
気づけば共に築いた思い出が、いっぱい増えていました。
一人で巡るよりも二人で巡った方が、世界は新鮮な輝きで満たされます。
(2) セラ編
落石注意、という看板があったのは、アキュリュース北の谷間だった。
そしてセラは、時々とても運が悪い。
危ない、という声をかけようとした時には既に遅く、ガンっと拳ほどの石がセラの後頭部を直撃していた。
「それで、記憶喪失に?」
「そうなんです……」
宿の女将に問いかけられ、半分泣きそうになりながらルシカはうなだれた。
寝台の上には、頭に包帯を巻いたセラの姿がある。
無愛想な顔つきは相変わらずだったが、自分のこと、これまでのことを、ショックで忘れてしまっている。
慌てて医者に診せた結果は『ひとまず様子を見るより他はない。時間が経てば直るかもしれないし、このままかもしれない』というものだった。
「まあ、そう気落ちせずに、根気よく相手をしてあげなさいな。
何かきっかけさえあれば、すぐに元通りになるかもしれないし。
そうだ! 昔のことを話して聞かせてやったらいいんじゃないかねえ」
女将のアドバイスを受け、ルシカは夜なべ語りといわけでもないが、セラにこれまでのことを話してみることにした。
「……最初はミイスっていう、あたしの故郷にいきなりやってきたんだよ」
自分でも記憶をたどるようにしながら、ルシカが一言一言、順を追って語る。
火に包まれた故郷のこと。そこにいきなり現れて兄の親友と名乗ったこと。問答無用で旅に出る決断をしたこと。旅先であちこちでかけて、色んなものをみるたびに、しかめ面で、説教もどきの解説をしたこと。
街道で施文院の暗殺者と出会い、追いかけようとしたら
「お前ごときのひよっこが首を突っ込むべき事ではない」と言われたこと。
誕生日には、「フッ。おめでたいな。年だけではなく、実力もちゃんと上がっているのか?」と言われたこと。
一緒に英雄ネメアとバルザーの親子対決を目撃したこともあったし、アキュリュースに攻め込んできたディンガル軍を撃退したこともあった。
あれこれ思いつくままに語っていたが、ふと視線を戻すと、セラは唇を引き結び、漆黒の真面目な瞳をルシカにむけている。
普段、話を聞いてくれないわけではないが、面と向かって熱心に語り合うというわけでもない。
ルシカの一方的なお喋りを、素っ気ない態度で受け流しているのが、常のセラだ。
ここまで真剣に耳を傾けてくれるセラの姿は初めてで、ルシカは落ち着かなくなり、問い返した。
「ど、どうしたの? セラ」
「……その話を聞く限り、俺はお前にとって、ずいぶん嫌な男ではなかったか?」
反省というよりは、客観的な冷静さで確かめるように問われて、ルシカの方がうろたえた。
「ええと、どうかなぁ?」
言い方がまずかったろうかと、せわしなく考えていると、セラが低い声で、ぼそりと言った。
「優しい人物でもなかったようだな。俺は」
「そ、そんなこともないよ。厳しいけど、優しくないわけじゃない……ような?」
厳しく一刀両断されることは慣れているが、自省して話を聞いてくれるセラには慣れていない。
戸惑いつつも、そうだ自分の事じゃなくてセラの事を話してみようと、ルシカは切り出してみた。
「そうだ。セラ、お姉さんのことをよく話していたんだよ! たった一人の家族だといって」
「そうなのか?」
「!?」
真面目なセラの声と目に、一瞬ルシカの耳にアクマの囁きがこだました。
話の持って行き方によっては――セラがすごく変わってくれる可能性もあるのだ。
熱心に聞いてくれて、優しくて、お姉さんのことを語らないセラ!!
何だっけ? 鳥の子どもは、最初に見たものを母親と思うんだっけ?
第一印象の刷り込みの深さと恐ろしさ。その誘惑の香りに悶々と冷や汗をかいているルシカに、セラは黒い瞳をじっと向けている。
* * *
「なんだ、この瘤は? 貴様、なぜそこでため息をつく? 説明しろ」
次の日の朝。
起きたらセラは、いつも居丈高でぶっきらぼうな、元のセラに戻っていました。
昨夜のセラはひとときの夢だったようです。
……でも、なんだかとても安心しました。
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Q.もしも、あなたの隣にいる人が記憶を失ってしまったら
A.元に戻ってくれるよう力を尽くします
優しくて腰が低くて、お姉さんのことを語らなくて、ついでに腹を出してないセラはセラじゃない!
ってことで、やっぱりあなたはあなたのままでいてください。
(3) ロイ編
もしも、という仮定の話ではなく、私は一度確かに、忘却の仮面の力で記憶を失っていた。
そのときの私はサイフォスと名乗り、別人として動いていたのだ。
見聞きし、感じるものは、私が本来のままのロイであったならば、考えなかったであろうこと、感じなかったであろうことだ。
だが……サイフォスとして過ごしていたあの期間。
薄暗い海辺の洞窟で、彼女に控えて過ごしたあの時間は。
闇に包まれていたような時期でありながら、どこか甘美さもあり、後ろめたさもありながら、深い秘密の扉を明けてしまった開放感もあり。
別人だった、というよりも、自分でも知らなかった自分を発見したような心地がした。
――記憶を失うと言うことは、そういうことなのかもしれない。
昼の世界のもとでは眠っていた、深いところにいる自分をゆり起こし、違った自分を自分の中に、見いだすこと。
「記憶を失うことは、新しい自分を発見して生まれ変わるようなことかもしれないな」
遠い目をしたロイの回答に、妻であるシェスターは寄り添うように深いため息をついた。
妹は、一瞬だけ首をひねったものの、深入りしない方が良いと結論づけたのか、無言のままでいた。
一方セラは、どこか承服しかねるような気むずかしい顔で、重い口を開いた。
「確かにお前は、俺の知っているロイだ。だが変わった。昔のままのロイでもない、と俺も思う」
他に言いたいことは山ほどあるのだろうが、それを押し殺しての親友の言葉である。
それを感じたのか定かではないが、ロイは苦いような、清々しいような、どこか複雑な――日蝕の笑みを返した。
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Q.もしもあなたが記憶を失ってしまったら
A.新しい自分に生まれ変わると思う
新発見するたびに生まれ変わる柔軟なお兄ちゃん。ただ周囲は若干困惑&遠巻き気味のようです。
「ロイ様は旅に出ている間に評判を落としたのよ」
(ミイススタート・ミイス村の住人の証言)
(4) シェスター編
もし私が記憶を失ったら……?
そうね。今までの自分じゃできなかったことをやるわ。
ちょっと派手な服装をして、派手なお化粧をして、男の人とも気軽に話して、他愛ないことで笑いあってみたい。
私は、自分で言うのも何だけれど、少し内気で、受け身で、後ろ向きなところがあるから、だからどうせなら全然違う性格になってみたい。
積極的で、開放的で、相手に指図される側じゃなく、自分が相手を指図して、動かす側に回ってみたいわ。
そうやって、自分の殻を破ってみたいの。
もしもの話よ。
でもこれは『記憶を失ったら?』というよりも『別人になれるとしたら?』の話かしら。
* * *
「どうしたんだ? 姉さん。思い出し笑いなどして、何を考えている?」
セラの声に、シェスターは物思いをやめて、弟の方を見た。
どこか不審そうな、心配そうな弟に向かって、姉はいつもの穏やかな微笑みを返す。
「ふふ。どうするのかしら? と考えていただけ。大丈夫よ、安心して。セラ」
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Q.もしもあなたが記憶を失ってしまったら
A.普段やれないことをやってみたい。
記憶喪失は忘却願望、それが発展したら変身願望となるやもしれません。
――姉の心、弟知らず。知らないままの方が幸せかもしれません。
アーギルシャイアには、半分くらいシェスターの無意識の本音が混じっていると思います。