熱くほっとする日々
青空にそびえる岩山に、ひときわ元気な声が響く。
「人影が見えると思ったら火トカゲだった! なんてな」
「ヴァンが元気になってくれて、僕、とても嬉しいよ」
嬉しいという割には、真面目な面持ちでナッジが呟く。ガルドランに負わされた怪我が回復してパーティ入りしたヴァンは、寝込んでいた反動か身体を動かしたいらしく、積極的に探索や戦闘に参加してくれている。
「任せとけって! 先頭に立って戦闘してやるぜ!!」
……おかげで騒がしいこと、この上ない。
あ、ボク、ラドラスに戻らなくちゃ。また後でね! とそそくさとパーティを抜けたエステルの足どりがやけに軽く見えたのは、たぶん気のせいではないだろう。
岩陰から炎をまとった鳥が現れる。前方を塞ぐように立ちふさがる魔物に、素早く身構え、ヴァンが声高らかに叫ぶ。
「チェックのために抜けたエステルの代わりに、俺がチェックメイトをしてやるぜ」
うおおお、と威勢よく魔物にとび蹴りを放つヴァンの背中を見て、ナッジが力なく呟いた。
「ああ、ヴァンの舌が、今日もぜつ好調……」
「しっかりしろナッジ! 俺を置いて行くなー!」
思わず、隣で遠い目をしたナッジの服の襟元を掴んで揺さぶる。
人気のない炎竜山に男三人の騒ぎ声が響いた。
怪物を倒し終えたことを報告し、ウルカーンのギルドで報酬を受け取ると、何故かその足で温泉に入りに行くことになった。まあ、ヴァンが一応元怪我人であることを思えば、治癒効果を期待して休息をとるのも間違いじゃない。というより、ヴァンは温泉につかってみたかったらしい。
「ウチの宿にも、こういうのあったらいいな。トールの巡礼者も多いし」
宿屋の息子らしい感想をもらしながら湯船につかると、ヴァンは気持ち良さそうに伸びをした。かーっ気持ち良いな、と笑う。
「冒険者って大変だけど、面白いな。アリみたいに感謝の気持ちを忘れず、毎日仕事に励みたいぜ」
「アリ?」
「ありがとう、って言うじゃねえか」
思わず浴槽に沈みかけた俺の腕を、角を隠すように頭にタオルをのせてるナッジが掴んでくれる。そっと小声で問いかけてきた。
(今の、アリだと思う?)
(……なしだ)
「なんだよ、お前ら。温泉で騒ぐ俺が珍しいかよ。仕方ないだろ。お前らがいない間、俺はずっとテラネで一人ぼっちだったんだからな」
「……ヴァン」
「いっつも俺たち、一緒にいたのによ。俺だけ置いていきやがって。お前らばっかり、外の世界の色んなモンを見て知ってるなんて、ズルいだろ」
湯気のあがる温泉の中で、ヴァンの明るい声が、いつもよりもゆったりと湿って聞こえる。気のせいだろうか。
「お前らが旅をしている間、俺は寝台でしんだように寝てたんだからな」
気のせいだった!
今度はナッジが滑って湯船に沈みそうになったので、慌てて俺が支える。
「早くお前らに追いつかなきゃな。高濃度の温泉だったら、俺の怪我にも効能どんどんありそうだろ」
「ヴァンの駄洒落が止まらないんだけど!」
ナッジが半分悲鳴のような声を上げる。その声を聞いて、ヴァンが陽気に笑った。
「やっぱり温泉の効果かな。血の巡りが良くなって冴えるのかもな。あたまもあったまーる、ってな!」
温泉に浸かっているはずなのに何やら鼻先が寒くなり、くしゅん、と期せずして俺とナッジのくしゃみがハモった。
「何だよ。お前らも、よくあったまっていけよ」
からからとヴァンが笑う。
どうしようもなくなったのかナッジが笑い、そんな二人につられるように俺もいつの間にか声をあげて笑っていた。
テラネにいたときもいつもこんな感じで馬鹿な話ばっかりしていた。熱くて、騒がしくて、でもどこかほっと懐かしく安心するような日々。
いつか離れ離れになる日がくるかもしれないと思っていたが、まだそれは少し先のようだ。
旅先の空でも、こうして三人一緒に笑えるというのは悪くない。
ヴァンは元気があって熱血だけど、宿屋の息子で実は育ちも良くて仲間思い、ナッジはそんな三人を優しく見ている感じ、主人公は突っ込み型にしてみました。
- 文章修行家さんに40の短文描写お題
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