勝たない賭け
酒場の片隅で三人の男が、テーブルを囲んでゲームに興じていた。
それぞれの手持ちのカードを切って勝負に出る。
店の混み合う夕食時から酒を飲みつつ開始して、今では周囲の人影もまばらになってきているが、それでも止めようとしないのは、ゲームに熱中しているというよりも、ただ単に暇で時間を持てあましているせいかもしれない。
三人とも見た目は20歳前後の若者だった。気力と体力に自信があり、夜が更けても眠りよりも夜通しの遊びを選ぶような年代だ。
ばさりと負けたカードを投げて、ゼネテスは隣に座っている親友を見た。
薄茶の髪を束ねた彼は、あまり語らず、表情も動かさず、淡々とゲームに参加している。端正で冷静なその横顔だけを見れば、かなりの遣り手と思われるが、実は三人の中で一番負けがかさんでいたりする。
「お前、ポーカーフェイスは得意なのになあ」
ゼネテスの声に、ツェラシェルは無言で、顔だけを向けた。
表情豊かなゼネテスと比べると、その無機質ぶりがいっそう際だつ。
「読ませないよう自分で制御しているのと、単に何も考えていないから読めないのは違うからな」
もう一人の親友が、ツェラシェルの代わりに答えた。
「……何も考えていないわけじゃない」
ツェラシェルがぼそりと言うと、彼が苦笑を返した。
「そいつは悪かった。そうだな、お前が賭けに弱いのは、ツキがないからじゃなくて、勝とうって気が薄いからだな。執着とか信念とか自尊心とか、生きていく上では大事なものだぞ」
ゼネテスも小さく笑みを返して、言葉を重ねる。
「まあ、絶対勝たなきゃいけない局面なんて、人生の中でそうないけどな。勝つことより引き分けることの方が、ずっと楽だし有意義だぜ。ここぞっていう時にだけ勝てれば、それでいいんじゃねえか」
* * *
賭けにしたら負けるに決まっているから、何も考えず、ツェラシェルは丘の上で、妹たちが持ち帰ってくる返答を待っている。
ヒントだけは与えてやった。あとはあいつ次第だ。
半ば諦めを背負って歩いている者は、勝利に対する執着に欠ける。その一方で、負けても良いと思える相手がいることは、実は幸福なことなのだ。
――だがそんな感情は、かつて聞いた言葉と共に、時の向こうへ消えている。
2007-01-25
ちなみに前半のツェラシェルの描写は、パーティ時代あまり感情を表さなかったという、エンサイクロペディアの設定から。