ふたりで乾杯を 

 アイリーンに負けているものは多い。剣の腕。頭の回転。威勢の良さ。口が立つのもアイリーンの方。ついでに誕生日もアイリーンの方が早い。僕は年をまたいだ後となるので、アイリーンの方が少しだけ年上だ。

「んじゃ今日はここまでにするか。あ、お前ら、帰るな。今日は特別に『お祝い』をしてやる」

 年明けの最初の稽古の日、唐突にオッシ先生にそう言われて、僕とアイリーンは顔を見合わせた。ニッとオッシ先生が唇の端をつり上げる。

「お前ら、この間十五歳になっただろ。大人の仲間入りだからな。今日は俺がご馳走してやろう」

 そういって連れていかれたのは商店街にある酒場だった。料理が美味しいと評判で、僕とアイリーンもたまに食べに来ることがある。
 が。ここで、お酒を飲むのは初めてだった。

「ちょっと奮発して、いい葡萄酒用意してもらったからな。心して飲め」
「あ、美味しい」
「ちょ、ちょっとアイリーン!?」

 いきなりワインを注がれて戸惑っている僕の隣で、アイリーンはさっさとグラスに口を付け、味が気に入ったのか、一気にくぴーっとグラスを傾けた。
 僕は、よく稽古で「踏み込みが遅れる」と注意され、アイリーンは「早い」と言われることが多いけれど、性格の違いは剣だけではなく、日常場面の至る所で出るようだ。

「ほら、お前も飲んでみろ。この先、酒を勧められることも増えるだろうがな。あらかじめ酔わせて剣を振るえなくさせるって卑怯な手口も多いからな。うっかりそんなのに引っかかるなよ」
「さっすが、オッシ先生! これも稽古の一つなのね」
「自分が飲みたいだけじゃないかな?」

 感心しているアイリーンの隣で僕は首をひねる。アイリーンの顔が赤い。声も高く、早口で、何が可笑しいのかけらけら笑い声を立てている。お前は細かいことを気にするから剣技も小さいんだぞ、ともっともらしい顔でオッシ先生は呟くと、俺にはウイスキーを追加してくれと澄ました顔で注文をしていた。


 そんな調子でオッシ先生にお酒をご馳走になった僕たちは、並んで帰路を歩いていた。すでに日が落ちて暗くなっている。酔いつぶれたオッシ先生は酒場に置いてきた。たぶん先生は大人だから大丈夫だろう……支払いも。
 オッシ先生が連絡しておいてくれたので、おばさんは心配してないと思う。けど、こんなアイリーンを連れて帰ったら、違うところで怒られそうだ。
 いつもなら僕を引っ張るようにして歩くアイリーンの機敏な足取りが、今日はふらふら怪しく揺れている。

「大丈夫? やっぱり飲み過ぎたんじゃ……」
「もーうるさいわね。大丈夫よぉ、こーれくらいっと」

 節をつけて言ってるそばから、アイリーンが道のくぼみに躓いて転びそうになる。慌てて腕を掴むと、アイリーンは普段鍛えているたまものか、くるんと体勢を立て直して、僕の腕を支えに身体をぴったり密着させてきた。さすが間合いを詰めるのが早い。ってそうじゃない。

「あ、アイリーン……?」

 この状態傍目には抱き合っていると言うのでは? と気づいたのは向かい合ったごく間近にアイリーンの白い顔があったからだ。
 剣を構えている時の凛々しい顔ばかり印象に残るけど、実はアイリーンはかなりの美人だ。白い肌はきめ細やかで、唇もきゅっと形良く整っている。まつげも案外長いんだなと気がつく。
 襟首をぐいっとアイリーンに引っ張られて、更に顔を近づけさせられる。

「あああああ、アイリーン!?」
(……こ、このままいくと、唇が)
「気・に・入・ら・な・い」
 僕の困惑をよそに、アイリーンが低く呟く。くっきりと気の強そうな褐色の目が、なんだか……据わってる。
「私と二人まとめてお祝いっていうのは、まあ仕方ないわよね。一緒に育ったんだから。なのに何よ、いつの間にか私よりも大きくなって、私を見下ろすし!」

 身長のことか、と気づいたのは、アイリーンが下からのぞき込んでいるからだ。ここ一年ほどで僕の身長は結構伸びた。前はアイリーンと同じくらいだったから、密かに嬉しかったりする。

「昔は、もっとちっちゃくて、可愛かったのにー」
 呟く語尾が小さくなっていく。襟を掴んだままアイリーンがずるずる膝を崩して地面に沈み込んでいく。襟を絞められる形になって苦しいと思いつつ、ここまで来たら触るも触らないもないので、座り込みそうになるアイリーンに腕を回して支えると、アイリーンが呟いた。
「……眠い」
「えええ!? 待って! そうだ、荷車借りてくる!」

 以前稽古で足の負傷者が出た時、荷車に乗せて医者に運んだことがあった。たぶん道場にあるはずだ。いい案だと思った僕の首を、更にアイリーンが締める。

「あんたね! 私よりも大きくなったんだし、背負って行きなさいよ!」

 !?
 思いもよらないことを言われたが、アイリーンは腕を放し、ぐんにゃりしてる。ぐずぐずしてると本気で寝入ってしまいそうだったので、混乱しつつ背中を差し出すと、するりとアイリーンが乗っかってきた。
 ……おんぶなんて、初めてじゃないか?
 足に力を込めて、いざ立ち上がる。意外と。

「お、重い」
「何ですって……!!」

 アイリーンのうなり声が背後から聞こえ、一瞬首に回した腕が締まったが、そこまでだった。こてんと背中に重みがかかり、すうすうという寝息が聞こえる。
 いっぺんに安堵が押し寄せて、息をついて、ん? と立ち止まる。

(アイリーンだって……成長してるじゃないか……)

 背中に当たる柔らかな感触に、こっそりそんなことを感じたりしたものの、もちろん僕は修行不足なので口に出せやしない。
 アイリーンに負けているものは今でも多い。
 けれど身長と酒の強さと、きっと言わない秘密では、僕の方が上のようだ。 
 アイリーンを担いで、僕は月明かりの照らす帰路を急いだ。 

2018-06-27

王城主とアイリーンで明るい話を!とリクエスト頂いたもの。だったら幼なじみのお約束でしょう!ということでやってみました。楽しかったです(笑) アイリーンは初書きでしたが実は一番女の子キャラかも!!と思いました。王城主視点のせいか、とても可愛く思えて。ラブコメが普通に似合う気がします。