強く美しき花たち 

『魔法が得意な女性冒険者限定』
 という訳ありの依頼の主は、リベルダムのさる上流階級のご婦人だった。
 何でも上流階級の別荘地で、盗難事件が流行っているのだという。盗まれている品々は、宝石類ドレス服飾小物他――下着。どうやら婦人服のみ狙うという、変わった窃盗犯の仕業らしい。

「で、ボクらに、待ち伏せて捕まえろ、と」
「確かに、犯人を捜すよりは、待ち伏せするほうが楽だし、理に適ってますよ。相手はお金持ちです。きっと経費は惜しまないんですよ」

 きょろきょろと部屋の中を見回すエステルに、ユーリスが相づちを打つ。場に適応している二人とは、対照的なのがフェティだった。

「キーッ! なんで高貴なエルフのアタクシが、ケチな下着泥棒なんて捕まえなくてはならないの!? 優雅なエルフにはあまりに似つかわしくなくってよ!」
「フェティ、下着泥棒なんて言葉知ってたんだ?」

 びしっとフェティが私を指さして言った。

「アンタが言ったんでしょ! 信じられない、信じられないわ! もっとマシな依頼を受けなさいよ。アタクシに、驚きに満ちた世界を見せるなんて言っていたけど、こんな驚きはいらなくってよ!」
「でも、こんな豪華な別荘で過ごせるなんて、ちょっと新鮮じゃない? 普段寝泊まりしている宿より、断然素敵で、別世界じゃないか。ボク、こんなドレス着たのも、初めてだし」

 照れたようにエステルに言われて、フェティが眉をつり上げる。とっさに反論できなかったのは、確かに部屋の様相等は、エルフの美意識に適うものだったからだろう。

 燈火に照らされた客間は、広々として煌びやかだった。床には毛の長い絨毯が敷かれ、高く取られた天井まで届く大きな硝子窓には、真紅の天鵞絨のカーテンが引かれている。
 腰掛けている繻子張りの長椅子は、寝台かと思うほどの弾力で座り心地が良かったし、依頼主の期待か心遣いか、中央の小卓の上には、甘い香りを放つ焼き菓子まで用意されている。

 壁紙には小花の模様がうっすらと描かれ、部屋の隅の鏡台には、いつもと全く違う出で立ちをした自分たち――私、フェティ、エステル、ユーリス――が映っていた。

 とりあえずギルドの仲介で依頼主に会ったところ、何のお眼鏡に適ったのか「これなら問題ないですわ」といきなり馬車に放り込まれ、市街地を遠く離れた、海辺の別荘まで連れてこられた。
 召使いやら何やらに取り囲まれ、櫛を梳かれ、ドレスをあてがわれ、『客として招かれた令嬢たち』という仮の装いと役割を振られ、気づけば、別荘の客間に押し込められていた。
 ちなみにエステルは黄色、フェティは若草色、ユーリスは空色、私は朱色のドレスを着ている。『赤い流星』の異名のせいかもしれない。

 私はこの拳一つあれば勝負できるし、エステルとユーリスも一応ドレスの下には武器を忍ばせている。フェティの槍は室内では邪魔だから別の場所に置いてある。
 けれど今回は魔法勝負になりそうだし、武器がなくても何とかなるだろう。じゃなければ、こんなひらひらしたドレスは着ていられない。

 盗難は人がいる中で起こっていることから、相手は目くらましの術の使い手らしい。魔法には魔法で応戦しろということだ。

「確かにいきなり連れてくるなんて手段は強引だったけど、それだけ依頼主が、本気で怒ってるってことなんだろうね。まあこれ、ボクたち囮ってことだけどね」

 部屋の隅には衝立が置かれており、その裏は簡易クローゼットとして招待客の荷物が置かれている。見え透いてはいるが、部屋の中にいるのは、その客人の令嬢で持ち物もこの少女達のものです……ということで騙そういうわけだ。

「冒険者なんて、そもそも危険な仕事ですもん。今回は、綺麗な部屋で待っているだけでいい、なんて楽勝ですよ。しかも報酬バッチリ、お菓子と飲み物つきだなんて」
「ま、アタクシも、納得はしたわけではないけれど、気を利かせた辺りは、褒めてあげてもよくってよ」

 そう言いながらも、フェティは菓子に手を伸ばしている。果物とハーブの練り込まれた焼き菓子が、森の種族の口に合ったのだろう。

「アカデミー復帰が一応の目標ですけど、こういうところで、お金持ちの男の人と知り合いになって、玉の輿も悪くないかも!」
「冒険者なんか相手にされるかなあ? っていうか、ユーリスの結婚条件って、潔いくらいお金なんだね」

 エステルが感心して呟くと、ユーリスは言い切った。

「結婚相手に、金銭は最重要条件です! あ、でもエステルさんは、巫女の血を残すことが絶対条件で、お家もラドラスがあるから、お金はいらないかも」
「えっボク!? まあボクは……うーん元気な子どもが欲しいなあとは思うけど」

 話を振られて、エステルは自問自答するように呟く。

「リベルダムの闘技場でレーグをみかけたけど、確かにたくましい男の人も悪くないかな。丈夫な家庭が築けそう」
「きゃっ、エステルさん、筋肉好き?」
「そういうんじゃないけど……」
「そういう特定のものに偏愛って、多いんですよ。今回の犯人だってそうかも。高級下着って一部の層には需要あるんです。闇市で売りさばくことも可能だし」

 何でユーリスが詳しいのかは、聞いてはいけないのだろう。
 ユーリスは、隣で優雅に紅茶をすすっているフェティをじっと見る。

「フェティさんは、顔で選びそうですね」
「はあ? 何を言ってるのか、分からなくってよ」
「エルフって気位高いし、ナルシスト的なところあるし、基本的に綺麗なものが好きそうです」
「あ、なんか分かるかも。面食いっぽいね」
「ちょっとお待ちなさい、下等生物たち! 聞き捨てならないわ」

 思わずユーリスに同意したエステルと、二人まとめてフェティが反論する。一応、私も弁解を試みる。

「あ、でもフェティって、セラの事を『あのすかした態度がイヤなのよ。自分は強いのだ、自分は美形なのだ、って自信ありありなのがイヤなの!』って言ってたから、必ずしも顔ではない……かも?」
「それって、同類嫌悪じゃないの?」
「あの性格悪い男と、アタクシが同類ですって? 偉大で高等なエルフが、あんな顔だけが取り柄の男を気にするなんて、そんなことあるはずなくってよ」
「きゃっ、顔がいいってところは認めてるのね」

 騒ぐフェティをかわして、ユーリスの顔がこちらを向く。

「赤い流星様は、どういう人が好きなんですか?」
「あ。ボクも聞きたい。キミの好みって、よく分からないんだもん。ボクたちは言ったんだから、キミも言わなきゃ公平じゃないよ」

 俄然エステルが、興味を持って問いかけてくる。

「いや、あの、ほら、私は記憶がないし……」
「あ。そっか」
「でも記憶なんて、後からどんどん追加されていきますから、一つや二つ忘れてたって平気です。私は昔のことは覚えてないですけど、全然困ってないですよ」
「こぉーれだから下等生物は。だから長生きで物知りで知的なエルフにはおよばないのよ」

 ……フェティに意見を聞いても、ユーリスとどっこいどっこいの回答なんだけど、それは黙っていた方がいい気がする。

「じゃあさ、一番印象に残ってる人や気になる人は? ボクたちの仲間でも、今まで出会った人の中でも」

 エステルにうながされて、腕を組んで考え込む。
 確かに記憶はないけど、冒険者となってからは色々経験を積んで知ったことは多い。でも一番印象に残っていると言えば、やっぱり最初の出会いだろうか。
 見知らぬ塔の中で目を覚まし、いきなり魔物に襲われかけて、そのとき颯爽と現れた特徴的なあの人影。あの剣さばき。

「…………。ベルゼーヴァ、かな?」
「あら、中々すごいところ行きましたね!」
「えっ、ディンガル帝国宰相!? ま、まあ印象には残りやすい人だけど」
「ふぅん、人間の趣味なんて高貴なエルフのアタクシが言うほどのことでもないわね」

 何故か予想以上に驚かれて、慌てて私は口を挟む。

「髪型の話じゃなくて。たまに執務室に呼ばれることがあって話をしたけど、見かけほど尖ってないというか、真面目で優しい人だと思う。色々未来を考えて、政務に励んでいるし」

 シャロームとの関係を危うく口に出しそうになって思いとどまる。口外しないという約束をしたわけではないけれど、あちこちで気軽に言いふらしていい話ではない気がする。

「いえ、悪くないと思います。帝国宰相なら当然お金持ちだろうし、遠くから見ただけですけど顔も悪くないですし、ベルゼーヴァ様もダブルブレードの使い手だそうですから、脱いだらレーグみたいに凄いかもしれません。
 やだ、お金、顔、筋肉三拍子揃ってるじゃないですか。しかも一国の宰相だったら、権力だってあるかも。きゃっ、さすが目が高いです」
「確かに好条件だけど、それだけじゃ夢がないよ。
 ボク、帝国宰相のことよく知らないんだけど、どういう人なの? 外見じゃなくて性格が知りたいな。あ、話をしたって言ってたよね、どんな話?」
「えっ」
 エステルに問われて、慌てて記憶を探る。親子関係以外の話だと。

「人類の革新と時々ネメアの話……?」

 どうしよう、それ以外覚えていることがない。

「わ、若いのにとても優秀な人みたいだから、話の次元も、普通の人の領域を超えるのかもね!」
「才能ってあんまり高すぎると、周囲に理解されにくいんですよ。でも宰相という身分なら、特に問題ないかも」

 エステルの隣で、ユーリスがあっさり言った。
 お金、身体、顔、能力、権力と巡ったところで、その後ロストールの貴族なら誰がいいか、ディンガルの名もない下級兵は実は顔がいい男性が多いだの情報交換をする。


 ――四色のドレスを着た少女たちが、男の品定めをしている姿が、周囲にどう映ったかは定かではないが、目的の犯人は騙されてくれたようだ。窃盗犯がやってきたのは、更にもう少し夜が更けた時刻だった。
 依頼主の貴婦人は、よほど腹に据えかねていたらしく「余罪追及のためにも生け捕り、ただし手段は問わない」とのことだったので、窃盗犯にはユーリスがカースを唱え、エステルのアルカホルとフェティのスキップを受けた私が、拳を一発腹にのめりこませることで片が付いた。

 よく考えたら、お金も力も名誉も、ボクたちが持ってるから、相手にはいらなくない?
 報酬を受け取りながら、エステルが呟いた。

2018-07-05

『女子会』がよく分からず検索したところ、「おめかしして、エステやアロマサービスのある綺麗なホテルで、お菓子や飲み物を用意して、恋バナに花を咲かせる」「ただし男性の目がないため話の内容は容赦ない」という結果が出まして。人称や口調に特徴のある女性ジルキャラに当てはめてやってみたら、こんなことになりました。完全に人選を誤った気がします……というよりユーリスの破壊力がすさまじかったです。