夢見る花たち
「届けもの、間に合って良かったねぇ。ルルアンタ、花嫁さんは初めて見たけど、綺麗だったよ」
宿屋のベッドにちょこんと腰掛け、ルルアンタは嬉しそうに話している。
大至急届けてくれないか!? とロストールの冒険者ギルドで託されたのは、なんと純白の婚礼衣装だった。
式は三日後なんだと言われ、驚いて目を丸くする。
元々花嫁の実家に伝わっていた伝統の衣装だそうなのだけど、年代物で傷みが激しかったため、都市の仕立屋に修復依頼が出されていたのだそうだ。ところが、先のロストール戦の影響で、仕上がりが遅くなってしまったという。
「婚礼の日にちは聞いていたので、間に合わせたくて必死に頑張ったんですけど……」
ドレスをギルドに持ち込んだ針子の女性が、その場で泣きそうになっていた。
腕の良い、確実に仕事をこなせる冒険者に頼みたいと言われ、その場で衣装を受け取ったのだ。
「花嫁さんに衣装を届けるの? わぁルルアンタも見たい、一緒に行きたい!」と名乗りを上げたルルアンタ「その村なら知ってます。常連さんの故郷だそうです」というフェルム「土地勘はあるから抜け道も分かるわ」というアイリーンに加わってもらい、珍しく女性だけで出発した。
結果的には、それが良かったのかもしれない。
無事に式の直前に衣装を手渡せたところ、私たちが女性というのもあってか「良かったら参列して、祝ってやってくださいませんか」と申し出があり、せっかくなので受けることにしたのだ。
間近で花嫁を見られて、ルルアンタは大喜びだったし、私たちも晴れの場を目にできて、何だか嬉しかった。
ご馳走まで振る舞われ、式の終わりには白い砂糖菓子までいただいてしまった。白い花々を象ったその菓子は、祝いの席でよく配られる、この地方の縁起物なのだと、フェルムが教えてくれた。
「ふふ、これをもらうと、既婚者は円満な家庭を、まだ未婚の女性は良縁に恵まれる、って言われているのよね」
ロストール出身のアイリーンが、懐かしそうに手渡された砂糖菓子を見つめている。
「花嫁衣装って憧れますよね。いつか着てみたいな」
フェルムがため息混じりに言った。確かに昼間見た、白地に金と銀の花の刺繍が施された花嫁衣装は素晴らしかった。花嫁の幸せそうな笑顔に重なり、きらきら輝いて見えた。
「あら、誰か、お目当ての男性がいたりするの?」
悪戯っぽくアイリーンがフェルムに問いかける。あ、えっ、とフェルムは慌てたが、ふとアイリーンと交わった視線に瞬間的な影が差した。剣士だけあって相手の気配を読むのに長けたアイリーンも、遅れて、あ、という顔をする。
「あ、なんか分かっちゃった。ごめん……」
「え? ルルアンタ、わかんない。フェルムちゃん、誰か好きなの?」
「あ。その……」
フェルムは困った顔をしていたが、アイリーンが柔らかく笑って頷いたのを見て、ルルアンタに向き直り、大人びた笑顔で言った。
「アイリーンさんの幼なじみの男の子を、ちょっといいな、って思ってたんです。笑った顔が優しそうで」
亡くなったというアイリーンの幼なじみのことは仲間たちは全員知っている。ルルアンタが目を向けると、アイリーンは優しく笑っていた。ヴァシュタールの棺の一件以来、アイリーンは何か一つ吹っ切れたようだった。後悔の影ではなく、柔らかな優しい記憶の光を探そうとしているのかもしれない。
「いい奴だったのよ。ちょっと気弱だったけど。うーん、仲間だとナッジに少し似てるかな?」
「え。そうですか? 確かに大人しそうで、知的な感じはしましたけど。この間遺跡で会ったエストさんの方が近い気がする」
「あいつ、そんなに顔良かった? 美化してない?」
二人の会話を聞いて、ルルアンタが言う。
「二人の心の中にいる人なんだね。ルルアンタにも、フリントさんがいるから分かるよぉ。もしいつかルルアンタさんが花嫁さんになったら、きっとフリントさんは、天国から見ていてくれてるよね」
「そうね。あいつの分まで幸せにならなくっちゃね。あーでも、私のこの美貌と剣の腕の両方を認めて、受け入れる度量のある男って、なかなかいないのよね」
唇を尖らせるアイリーンに、フェルムが笑った。
「仲間のみなさんだったら、もう十分認めていそうですけど。ゼネテスさんとかレムオンさんとかベルゼーヴァさんとか……剣を使う方なんて、どうですか?」
「ええ、それはまたちょっと違うのよね。うーん、仲間かあ。あ、あなたはさっきから笑って話を聞いているけど、誰かいないの? やっぱりセラなの?」
突然アイリーンに話を振られて、私は慌てる。
「ど、どうしてセラなんですか?」
「だってほら村を出たときから一緒にいるんでしょ」
「あ、そういえば、お兄さんとセラのお姉さんが、今一緒に暮らしているんですよね? 結婚生活ってどうなんですか? やっぱり幸せそうですか?」
「あ、うん。すごく幸せそう……セラが不機嫌になるくらいに熱々かな?」
ぷっとアイリーンが吹き出し、フェルムがいいなあと盛大に声を上げる。ルルアンタが大人びた口調で言った。
「ルルアンタ知ってるよぉ。そういうの、やきもちって言うんでしょ? 好きな人が結婚しちゃったりすると大変なのかなぁ」
「相手によるんじゃないの? あの救世主様とかも大変そうだけど」
「でもエルファスは、たぶん寂しさの裏返しだと思うから、誰かを好きになったらお姉さんへの分まで優しくしてくれそう……」
「あ、なるほど。あなたの好み、なんとなく分かったわ。セラじゃなかったら、エルファスなのね。きっとツェラシェルも好きでしょう?」
「ど、どうしてそうなるんですか?」
答えつつ、自分と相手の婚礼姿がぱっと浮かんでしまい、なぜか顔が赤くなる。
「うふふ。ルルアンタは、仲間だったらヴァンが好きかな。明るくて楽しそうだし。イオンズさんも優しくて、イズキヤルと遊ばせてくれるから好きだよぉ」
ルルアンタの声を聞きながら、私はそっともらった包み紙を開いた。
砂糖菓子を一つ手に取り、口に入れる。
柔らかで甘い――未来を思わせる味がする。
幸せのお裾分け、か。
もう出会っているのか、これから出会うのかは分からないけれど、今日の主役の花嫁みたいに、眩しい笑顔で笑えているといいな。
アイリーンとフェルムが、次々仲間の男性達の名をあげていき、ルルアンタがにこにこと笑っている。
私たちの話し声と笑い声が、宿屋の一室で、秘めやかに明るく響いた。
2018-07-05