学園祭
- 2013-03-04
通常の授業の合間に、賑やかな騒ぎ声と、大道具の作業音が聞こえ始める。来月のはじめから学園では、三日間の学園祭。どのクラスも準備で大忙しだ。生徒で混雑している学生食堂でも、会話の内容はやっぱり学園祭に関することばかり。
ちょうどお昼時ということもあり食堂は混んでいたけど、顔見知りのフェルムとエストの好意で、無事僕たちは席を確保することができた。僕、アイリーン、ノエル、レイヴン、ユーリス、エスト、フェルムという大人数での賑やかな食事だ。当然話題は学園祭のこととなる。
僕のクラスは、話し合いの末、なんと『仮装喫茶』をやることになったのだけど…。
「あんたまだ何の仮装にするか決まってないの? そろそろ衣装の用意をしなきゃ間に合わないわよ」
アイリーンに怒られたが、仮装なんて初めてだし、何をどうすればよいのか皆目検討がつかない。逆に僕はアイリーンに聞いてみた。
「そういうアイリーンは何にするの?」
「ふふふ。明治時代を舞台にした漫画のヒロインで、『剣道小町』ってキャラクターが居るの。若いんだけど師範代で、白いはかま姿に竹刀を差して、幕末動乱期に人斬りって呼ばれたけど実は心優しい元明治の志士であるヒーローを助けて、活躍するのよ。ちょうど剣道部の胴着がそのまま使えるし、私はそのキャラクターの格好をするつもり」
「なんだ。仮装って言っても、手抜きじゃないか…」
「何か言った!?」
「いいえ、なんでもないです」
アイリーンが眉を吊り上げて怒る。僕が首をすくめると、ノエルが丸い目をくりくりさせながら、朗らかに言った。
「でもアイリーンさんなら、とても似合いそうです。実は私も、剣士の格好をしようかと思っているんですよ。私は西洋ものですけど」
「西洋ものって?」
「神のお告げを受けて、軍を率いて、百年戦争を終結させた戦乙女の格好をしようかと…うちの蔵にはご先祖様が集めた西洋の甲冑や剣がたくさんあるので、それが使えると思って」
どこかノエルが恥ずかしそうに言った。僕のさっき言った手抜きという言葉を気にしているのかもしれない。悪いこと言ったかな。レイヴンがぼそりといった。
「俺も家に代々伝わる衣装を借りてこようかと思っている。昔先祖が高貴な身分のものに使える隠密みたいなことをしていらしく、忍装束が一式残っている」
「みんな、すごい家柄なんだね…」
「あら。私は衣装は自分で作っていますよ。最近はそういうグッズを売っているお店もありますけど、やっぱりクオリティを求めるなら手作りが一番です。出来のよいものなら、その道のマニアには高く売れますし」
「その道のマニアに売るって…ユーリス、何をする気なの?」
「『マジカル☆マノン』ってアニメ知りませんか? 変身ステッキを振ってスーパーヒーローに変身して怪人たちをやっつけるってアニメなんですけど。その主人公マノンの衣装を作ってますよ。特に変身ステッキは力作なのでぜひ見てください」
「へ、へえ……楽しみだよ」
「そうよ、あんたいっそ『シャイニングレオ』に仮装すればいいのよ」
けらけら笑いながらアイリーンが言った。シャイニングレオ? なんだそれ?
僕が尋ねると一同は顔を見合わせ、あ、そうかと気づいたように説明してくれた。フェルムが代表して教えてくれた。
「転校してきたばかりだから知らないんですね…。今ではバイアシオンの有名人なんですけど。ええとソウルリープ事件のことは知っていますよね? 原因不明の怪奇事件。それを解決してくれている正義の味方のことです」
「――それも、深夜のアニメか何か?」
「違いますよ。ちゃんと実在するんです!」
「実在って…!?」
「自主的にソウルリープ事件を解決している自警団みたいなものらしいんだけど、主に深夜に行動をしている秘密集団のことよ。ほら、闇落ちした人間は、すごく凶暴になっちゃって手に負えないじゃない? それを片っ端から気絶させて事件を未然に防ぐんだって。警察が現場に到着する頃には、当人たちはドロンと消えてる。目撃証言によるとどうやらすごく腕の立つ三人組。全員武術の達人らしくて、一人は弓道、一人は剣道の達人みたい。リーダー格の男は素手、あるいは槍術って言うの? 棒状の武器を使用しているみたい。元はどこかの暴走族なんじゃないかって話もあったけど、どうも様子が違うみたい。そのリーダー格の男は全身黒尽くめなんだけど、ジャケットの背中に金色の獅子の刺繍があって……それで『シャイニングレオ』って呼ばれているわけ」
僕が目を白黒させていると、アイリーンが詳しく説明してくれた。アイリーンはオッシ叔父さんと親しくて、叔父さん経由でいろんな情報を仕入れてくる。叔父さんと一緒に住んでいる僕よりも遥かに事件に詳しい。
夜中に活動する正体不明の正義の味方か。僕自身、あの不思議な生き物ネモから『超能力者なんだから仕事しろ』と言われて、怪しい事件の数々にかかわる羽目になったけど、ソウルリープ事件といい、正義の味方といい、海底都市バイアシオンでは何でもありらしい。
「そんな実在する正義の味方なんて真似したら、いろいろ面倒なことになりそうだなあ。そういえば、フェルムとエストのクラスは何をやるの?」
「えっと私のクラスは家政科なので、ケーキやクッキーなどお菓子をつくって、販売をします。楽しみにしてくれている人も多いみたいで、すぐに売り切れちゃうんですよ。当日は急いで買いに来てくださいね」
「僕は博物科の生徒たちと協力して、ミニ博物展を開くんだ。海底都市バイアシオンって、実は色々珍しい品が多く流通していたり、残されたりしているんだよ。もし時間があったら見に来てよ。そういえば兄さんは、本番の舞台の練習ですごく忙しいみたい」
「あれ? エストって、お兄さん居るんだ? 舞台って?」
僕が尋ねると、今度はノエルが教えてくれた。
「エストさんのおうちは凄いんですよ。お能の名門リューガ家で、エストさんのお兄さんのレムオンさんは、その流派の家元なんです。実際にプロとして活動されている方なんですけど、学園祭のために無償で舞ってくれるんです。私、お能のことはよく分からないんですけど、それでもレムオンさんの舞は凄いですよ。なんていうか、鬼とか幽霊とか演じると、本当に人間じゃないみたいに不思議な迫力と引力があって…」
「そうだ。仮装が決まってないなら、そういうお化けみたいなものをやれば?」
エストが僕に提案をしてくれた。
「吸血鬼とかどう? あれなら黒いマント」